エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない
電話では好きな人がいると伝えたが、芳郎の考える相手との縁談を面と向かって断るのはやはり勇気がいる。緊張して手に変な汗をかいたためハンカチで拭った。
「この家に顔を出すのは久しぶりだな」
「ごめんなさい」
いったん頭を下げて、すぐ続ける。
「電話でも話したけど、私、好きな人がいるの。だから、英太さんと結婚はできません」
「……楓の口からそんな言葉が出てくるとはな」
どちらかと言えばいつも厳しい口調の芳郎の声は、心なしか和らいで聞こえた。
それだけでなく、表情もどことなくやわらかい。
反対される覚悟をしていたが、もしかしたら受け入れてもらえるのではないかと小さな期待が芽生える。電話でもそんな雰囲気はあったが、これはいい傾向かもしれない。
小さい頃から芳郎の言葉は絶対だった。小さな不満は抱いていたが逆らえるほど強い心は持っておらず、父親とはそういうものだと思っていた。
家を出て海老沢総合病院とは違う場所で働きたいと願い出たのは、楓が初めて口にしたわがまま。でも約束の四年を過ごしたら、予定通り戻るつもりだった。