エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない

「神楽先生がアメリカから帰国した日だったかな。私、神楽先生が海老沢さんを車に乗せるのを見かけたの。石川さんはどうしたのかなって不思議に思ってたんだけど、翌日彼女にそれとなく聞いたら『海老沢さんが、どうしても先生に相談したいことがあるって言うので』って泣きそうな顔してた」


(石川さん、どうしてそんなことを……)

個室から飛び出して〝それは違います〟と言いたかったが、どう考えても楓の分が悪い。院内の認識では、芹菜が雅史の婚約者だ。

今ここで飛び出して彼女たちに否定しても、話に尾ひれがついてべつの噂になるだろう。
もしかしたら彼女はあのとき、この手の噂を流すことも頭にあったのかもしれないと考える自分も嫌になる。


「海老沢さんはそういう人じゃないと思ってたんだけどな」
「人は見かけによらないってほんとだね」


ふたりが噂話をしながらトイレを出ていく。ドアが閉まる気配とともにその声は完全にシャットアウトされた。

そっとドアを開けて誰もいないのを確認してから個室を出る。手を洗って鏡を見ると、ひどく青ざめた顔の自分が映った。
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