エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない

「どうしてなにも言わずに帰った?」


雅史は珍しく機嫌の悪そうな顔だった。眉間に深い皺が寄っている。
手術前のカンファレンスでも、そこまで悩ましい表情はしない。


「仕事なので着替えとか、ほかにもいろいろと準備が……」


普段のようにうまく切り返せず、言葉を探して挙動不審になる。


「やり逃げされた女性の気持ちが、今すごくよくわかる」
「や、やり逃げなんて……!」


そういうつもりはなかった。これ以上を雅史に望んではいけないと考えたからだ。
抱いてもらえただけで十分と割りきらなければ、これから先の未来を歩いていけない。未練は苦しさしか生まないから。
雅史は、一周年記念に楓の希望を叶えてくれただけだ。


「違う?」
「違います」
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