エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない

雅史に念を押され、即座に否定する。


「キミも――」


雅史が先を続けたそのとき部屋のドアがノックされ、言葉が尻切れトンボになった。


「はい」


とっさに彼から離れ、楓が返事をすると、開いたドアから院長秘書の田所(たどころ)修平(しゅうへい)が顔を覗かせた。

田所はこの院内で唯一の男性秘書である。整髪料でしっかりと固めたオールバックの黒髪に銀縁の眼鏡をかけ、真面目を絵に描いたような人物だ。三十代前半だが、落ち着き払った様子からもっと上に見える。


「神楽先生、院長がお呼びです」
「院長が?」
「診察がはじまる前にお越しいただけますと幸いです」


ほぼ一方的にそう告げ、田所は雅史の返事を待つまでもなく一礼してドアを閉めた。

表情がひとつも変わらないのは彼の標準。感情が読めないため、楓は少しだけ苦手意識をもっている。
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