エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない
芳郎と待ち合わせた場所までタクシーを飛ばす。
高級として名高いホテルのイタリアンレストランは、母が生きていた頃、家族四人で一度だけ来たことがある。
あれはたしか、母の誕生日だった。仕事に忙殺されていた芳郎が珍しく家族を連れ出した場所だ。最上階からの眺望がすばらしく、母がうれしそうにしていたのが昨日のことのよう。
そんなレストランを指定した意味など芳郎にはないだろうが、つい感傷的な気分になった。
店に到着して名前を告げると、男性スタッフに窓際のテーブルに案内される。
「楓、待っていたぞ」
がっしりとした体格のせいか、芳郎はその姿だけで威圧感を覚える。彫りの深い顔立ちには皺が目立ち、正月に会ったときよりも白髪が増えたように見える。
鷹揚に微笑んだ芳郎の向かいには、なぜか男性がひとり座っていた。さらりとした黒髪に穏やかな目元、通った鼻梁の下にある口元は自然な笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、楓さん」
楓が高校生のときの家庭教師、重森英太だ。もっといえば楓の元彼であり、〝初めて〟を捧げた男である。