初恋は海に還らない



 しばらくお互い無言で夜空を眺め続け、どちらともなく会話を切り出す。



「都、お前最近どう? 楽しいか?」
「うん。楽しい。生きてるって感じ」
「死のうとしてた奴がそんなこと言ってると思うと、なんだか心に沁みるな」
「洸が仕事してるのを見てるのも楽しいし、どこに連れて行ってもらっても目新しくて刺激になるよ。何より、この街の潮風を感じながら本を読むのがすごくいい」
「なんだそれ」
「なんだかこの街は無駄な情報がなくて、物語がいつもよりスッと入ってくる」
「へぇ……都は書いたりはしないのか? 小説」
「えっ」
「俺の店にいる時も、窓開けて食い入るように本読んでるだろ。それだけ好きで、読んでるなら、作り手に回らないのかと思って」



 私は黙った。そんなこと誰にも言われたことはない。それに、私自身読んでいるだけで満たされていたから。



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