ちひろくんの隠れ愛
「…離して」
はやく、ここから逃げたかった。
この人の笑う顔も、手の感触も、なにもかもが嫌だった。
「ちょうどカラオケの部屋あるし、来いよ」
「やめて、」
知らない温度に触れられた腕が、心臓と連動するように気持ち悪くなる。
反対の手で抵抗しようとするけど、封じられて。
引っ張ってくる手を勢いよく振りほどこうとしたその時、
「しつこい男はモテないよ」
わたしのすぐ後ろで声がした。
漂う空気感。制服の匂い。
振り返らなくてもわかる、その声が誰のものか。
「…ちひろくん」
鋭い目で千夏くんを睨んだちひろくんが、わたしを掴んでいた腕をパシッと振り落とす。
その動きがあまりにも素早くて、びっくり。
さっきまで震えていた体もちひろくんの背中が盾のように守ってくれて。
その横顔に、なぜか安心した。
慣れた手つきで千夏くんの肩をドンと押したちひろくんが、はっ、と渇いた笑いを落とす。
「相変わらず、俺よりレベルの低い顔してるよね」
その発言は、視線からしても、千夏くんに向けられたもので…。
…え、ちひろくん、千夏くんを知ってるの?
「誰だよ、おまえ……」
キッ、と睨み返した千夏くんの瞳が徐々に大きくなっていく。