ちひろくんの隠れ愛
次の移動教室への準備を済ませた私は、しばらく目の前の人だかりを見つめていた。
……あれかな、聞きたいことがあったんだけど、これじゃ無理だよね。
見るからに迷惑そうだし、あの騒がしさのなかに入っていける自信もない。
諦めて教室に戻ろうとしたその時。
「どいて」
気分の悪そうな声にサッと動いた女子たちのおかげで、わたしから見えるちひろくんへの道がクリアになる。
…カツ、カツ、カツ……
歩きながら、どこを見ているわけでもない視線に勝手に胸がうるさくなって。
「桃瀬(ももせ)さん」
ぴたり、わたしの前でちひろくんの足が停止した。
とたんにたくさんの視線が集中して、今すぐ逃げたい衝動に駆られたけど、なんとか耐える。
「今日の集まり、4時半からだから」
色のない瞳がわたしを見据えた。
それだけで、ひゅ、と喉が縮こまる感じがする。
「……、わかった」
最大限を振り絞って出した短い返しを聞いたちひろくんは、
「…そ」
すぐに横に逸れて廊下を歩いていった。