社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
***
「うち、一回でええけぇここ、来てみたかったんです」
一見普通の家に見えるそのフレンチレストランは、黒板にチョークでメニューが手書きされたA型の立て看板が置かれていなかったら、レストランだとは分からないかも知れない。
白を基調とした壁に、黒御影石の階段と、限りなく黒に近いダークブラウンのオーク素材製ドア扉。道に面して大きく取られた窓の枠も黒塗りで。
白と黒のコントラストを上手に使った落ち着いた雰囲気の隠れ家的なたたずまいのその店は、錦帯橋からそれほど離れていない、一本裏の道にあった。
実篤は自社の若い従業員女性の田岡から聞かされてここの存在を知ったのだけれど、くるみは配達で横山をちょくちょく流している関係でずっと気になっていたらしい。
「ランチタイムになったら結構人が入っていらっしゃるんですよ」
生成りのテーブルクロスが掛かった席に着座するなり、くるみがほんの少しこちらに身を乗り出すようにして小声で実篤に話しかけてきた。
店を入ってすぐの所に用意されたコート掛けに上着を脱いで掛けたくるみは、ボリュームそでのくすみピンクのニットに、ふんわり膨らんだ亜麻色のAラインフレアスカートを合わせていた。
ほんのちょっとたくし上げられたニットのそで口から、くるみのほっそりとした手首が覗いている。
ふわりと大きく広がったそでのデザインと相まって、それはドキッとするぐらい色っぽく見えた。
耳元には過日実篤がくるみにプレゼントしたエメラルドのイヤリングがキラリと光っていて、〝彼女は俺のもの〟と主張出来ているようで何だか嬉しい。
テーブルに載せられたくるみの小さな手を見るとはなしに見て、あのほっそりした指に今から自分が渡すダイヤの指輪がはまる所を想像してにわかに緊張してきてしまった実篤だ。
***
フレンチのコース料理を頼んだはずなのだが……。
実篤は情けないぐらいテンパり過ぎて何を食べたのかさっぱり覚えていなかった。
「ババ・オ・リュームでございます」
コトリと幽き音を立ててデザートの載った皿がくるみと自分の前に置かれる。
店員の説明によると、〝ババ・オ・リューム〟は煮込んだラム酒とシロップに、スポンジケーキを漬け込んで作るデザートらしい。
今目の前にあるババ・オ・リュームとやらは、しっとりとしたスポンジケーキの上に、バニラビーンズが練り込まれた生クリームがたっぷり乗っけられて、更にそのクリームの上に鮮やかな色合いの、細切りにされたオレンジピールが数本あしらわれていた。
それだけでも美味しそうに見えたのだが、トドメのようにくるみと実篤の目の前で、小さなガラス製のミルクピッッチャーから琥珀色の液体がタラリと回しかけられたからたまらない。
どうやら中身はラム酒みたいで、ラム酒特有のカラメルを焦がしたようなもったりとした甘い香りがふたりの鼻腔をくすぐる。
(っていうかもうデセールなん⁉︎)
いつの間にそこまで来た!?と思ってしまった実篤だ。
ここまでの料理を、くるみは美味しく食べられただろうか。
実篤は、情けないことに何を食べたのかほとんど記憶にないし、もっと言うとやたらと酒ばかりが進んでしまっていた気がする。
日頃飲みつけないワインは、しかしこれもまた味がしないばかりかちっとも酔わせてくれなくて。
実篤、ここまでの道中はくるみを家まで愛車で迎えに行ったし、もちろん吉香公園近くの駐車場までだって車で来たのだから本当は飲んではまずかった。
だが、素面のままプロポーズに臨めるほど神経が図太くなかったのだから仕方がない。
(帰りは代行タクシーでええわ)
などと席に着くなり早々に見切りを付けてしまった。
「うち、一回でええけぇここ、来てみたかったんです」
一見普通の家に見えるそのフレンチレストランは、黒板にチョークでメニューが手書きされたA型の立て看板が置かれていなかったら、レストランだとは分からないかも知れない。
白を基調とした壁に、黒御影石の階段と、限りなく黒に近いダークブラウンのオーク素材製ドア扉。道に面して大きく取られた窓の枠も黒塗りで。
白と黒のコントラストを上手に使った落ち着いた雰囲気の隠れ家的なたたずまいのその店は、錦帯橋からそれほど離れていない、一本裏の道にあった。
実篤は自社の若い従業員女性の田岡から聞かされてここの存在を知ったのだけれど、くるみは配達で横山をちょくちょく流している関係でずっと気になっていたらしい。
「ランチタイムになったら結構人が入っていらっしゃるんですよ」
生成りのテーブルクロスが掛かった席に着座するなり、くるみがほんの少しこちらに身を乗り出すようにして小声で実篤に話しかけてきた。
店を入ってすぐの所に用意されたコート掛けに上着を脱いで掛けたくるみは、ボリュームそでのくすみピンクのニットに、ふんわり膨らんだ亜麻色のAラインフレアスカートを合わせていた。
ほんのちょっとたくし上げられたニットのそで口から、くるみのほっそりとした手首が覗いている。
ふわりと大きく広がったそでのデザインと相まって、それはドキッとするぐらい色っぽく見えた。
耳元には過日実篤がくるみにプレゼントしたエメラルドのイヤリングがキラリと光っていて、〝彼女は俺のもの〟と主張出来ているようで何だか嬉しい。
テーブルに載せられたくるみの小さな手を見るとはなしに見て、あのほっそりした指に今から自分が渡すダイヤの指輪がはまる所を想像してにわかに緊張してきてしまった実篤だ。
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フレンチのコース料理を頼んだはずなのだが……。
実篤は情けないぐらいテンパり過ぎて何を食べたのかさっぱり覚えていなかった。
「ババ・オ・リュームでございます」
コトリと幽き音を立ててデザートの載った皿がくるみと自分の前に置かれる。
店員の説明によると、〝ババ・オ・リューム〟は煮込んだラム酒とシロップに、スポンジケーキを漬け込んで作るデザートらしい。
今目の前にあるババ・オ・リュームとやらは、しっとりとしたスポンジケーキの上に、バニラビーンズが練り込まれた生クリームがたっぷり乗っけられて、更にそのクリームの上に鮮やかな色合いの、細切りにされたオレンジピールが数本あしらわれていた。
それだけでも美味しそうに見えたのだが、トドメのようにくるみと実篤の目の前で、小さなガラス製のミルクピッッチャーから琥珀色の液体がタラリと回しかけられたからたまらない。
どうやら中身はラム酒みたいで、ラム酒特有のカラメルを焦がしたようなもったりとした甘い香りがふたりの鼻腔をくすぐる。
(っていうかもうデセールなん⁉︎)
いつの間にそこまで来た!?と思ってしまった実篤だ。
ここまでの料理を、くるみは美味しく食べられただろうか。
実篤は、情けないことに何を食べたのかほとんど記憶にないし、もっと言うとやたらと酒ばかりが進んでしまっていた気がする。
日頃飲みつけないワインは、しかしこれもまた味がしないばかりかちっとも酔わせてくれなくて。
実篤、ここまでの道中はくるみを家まで愛車で迎えに行ったし、もちろん吉香公園近くの駐車場までだって車で来たのだから本当は飲んではまずかった。
だが、素面のままプロポーズに臨めるほど神経が図太くなかったのだから仕方がない。
(帰りは代行タクシーでええわ)
などと席に着くなり早々に見切りを付けてしまった。