社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
「ひょっとして木下さんのこと、誰かに()られたりせんかって不安に思うちょってんですか?」

 田岡がそのセリフを聞き逃してくれるはずもなく、実篤(さねあつ)をじっと見上げてきた。

 自分は八雲(やくも)鏡花(きょうか)と違って、美しい顔立ちをした母親似ではない。
 いかめしい顔の父親の血を色濃く引いてしまっているのは嫌と言うほど自覚している実篤だ。
 美人で若いくるみの横に、そんな自分が立っていられるのは奇跡だとすら思っている。

 田岡の真摯(しんし)な瞳に、誤魔化しはきかないと諦めた実篤が白旗を上げるように吐息まじり。

「くるみちゃんを信じちょらんわけじゃないんよ? じゃけど……俺はそんなに(そんとに)ええ男じゃないし、正直(ぶっちゃけ)いつも不安なんよ」

 そう言ったら、今まで黙って二人のやり取りを聞いていた経理の野田(のだ)千春(ちはる)が「じゃったら籍だけでも先に入れちゃったらええんじゃないですか?」と言ってきた。

「籍……だけ?」

 実篤の中では挙式と入籍は同日に、という頭しかなかったので、野田の言葉にキョトンとする。

「うちは主人とそうしましたよ? 何せ主人も私も若い頃はお金がなかったですけぇね。籍だけ先に入れちょいて……式は子供が一歳になった頃に」

 そう続けた野田に、実篤は瞳を見開いた。

「……それってお祝いは」

「もぉ社長ぉ~。今の話聞いて、一番(いっちゃん)最初に気になるん、そこなんですかぁ?」

 すぐさま田岡に突っ込まれてしまったけれど、どうしても気になってしまったのだから仕方がない。

「お祝いって。結婚記念日やらのことですか? それじゃったら……うちは一応毎年入籍した日に(いお)うちょります」

 ――そこから二人での生活が始まったわけですけぇね、と付け加える野田に、実篤はほぅっと吐息を落とした。

そうか(ほうか)。そういうのもありなんじゃ)

 何だか目からうろこが落ちたような気分がした実篤だ。

 注文している結婚指輪が仕上がる頃――六月中旬――になったら、くるみに相談してみよう。

 そんな風に思った。
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