社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
 保温性にも防水性にも優れた災害用のそれで、くるみを頭からすっぽり被せるように包み込む。

 そうして冷え切って冷たくなったくるみの唇にそっと口付けると、
「すぐ戻って来るけん。ここで動かずじっとしちょって? ええね?」
 何度も何度も念押しするように言って、家の中へ入った。

 家の中では浮力で浮いた家具があちこちに散乱していてなかなか前に進めなかったし、茶色く濁った泥水のせいで足元に何があるかもよく見えなかったから。

 ちょいちょい何かにつまずきそうになってはよろめいてしまう。

 実篤(さねあつ)は転んだりしないよう壁伝いにすり足で歩くと、程なくして仏間にたどり着いて――。
 部屋の片隅に置かれた仏壇を見るなり、「()かった……」と、思わず安堵の吐息を漏らした。

 幸いなことに、もともとくるみの家の仏間は地袋付(じぶくろつき)で、仏壇下に背の低い袋戸棚がある形状だったから。
 床から四〇センチばかり高くなったところに仏壇が置かれていた。

 そこへ安置された木下家(きのしたけ)の仏壇は、仏像や掛け軸を安置する上段(本尊棚)、位牌を祀る位牌段、線香や蝋燭(ろうそく)などを置く中段(ちゅうだん)(太鼓棚)、仏具を置いてお供えものをする下段(げだん)(膳棚)、下段の下に付いている薄い板状の引き出しの膳引(ぜんびき)の五段構造に分かれていたのだけれど、幸いにして水は膳棚のところでとどまってくれていた。
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