社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
***

 体調と相談しながら、家庭で食べる量に毛が生えた程度のパンを焼いてみること。

 そのパンはクリノ不動産の面々にもお裾分けをして、身内以外の他人(ひと)にパンを食べてもらう喜びを得ること。

 実篤(さねあつ)が、しゅんとしたくるみに提案したのは、その二つだった。

 そのぐらいの作業ならば、仕事と違って無理はしないでいられるだろうし、パン作りが好きなくるみの心も満たせるはずだと思って。

 実篤がそう提案した瞬間の、くるみの(あふ)れんばかりの生き生きとした表情と、まぶしいまでにキラキラとした笑顔。

 それに見合う弾むような声で告げられた、
「ええんですかっ。それ、凄く凄く(ぶちぶち)嬉しいです!」
 と言う声が、実篤は忘れられない。

 そうして今――。

 
 リビングとひと繋がりになった仏間の片隅。
 仏具屋へ出していた修理作業から無事戻ってきた仏壇に、作りたてのパンをお供えしたくるみが、くるりと実篤を振り返った。

「うち、新しい工房が出来たら、いの一番に焼くんは《《これ》》って心に決めちょりました!」

 仏壇には、あの台風の日、実篤が救い出したくるみの両親の夫婦位牌(めおといはい)鎮座(ちんざ)していて。
 その横に、同じく仏壇の上段の方へ飾られていて無事だった、くるみの両親の遺影がシンプルなデザインの写真立てに入れられて飾られている。
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