初恋は、君の涙に溶けていく
そろそろ帰ろうかな。

西校舎の前から離れて、昇降口で靴を履き替えてから外に出る。

校門へ向かう前に、私は校舎をぐるりと回り込んで中庭に足を運んだ。

T高校の中庭には大きな桜の木が立っている。

校内には他にも桜の木は沢山あって、校庭の端から外壁に沿って桜並木を作っているけど、中庭の桜はそれとは別格だ。

中庭の真ん中にたった一本だけ、どんと立っている大きな桜の大樹。

なんでもこの学校が建つよりもずっと前からこの場所に立っていた樹齢百年を超える木だそうで、他の木とはサイズも存在感も全然違う。

生徒達の間では『T高校の守護神』とか『桜の守り神』とか呼ばれていて、この桜の木にお祈りをすると、桜の精霊が願いを叶えてくれる……という言い伝えがあるらしい。

私は1日の終わりに、この桜の木に会いに来て、挨拶して帰ることにしている。

もう季節が終わりに近づいて、半分、葉桜に変わりつつある桜の木にそっと触れて、話しかける。

『桜の守り神』さん、今日も1日見守ってくれて、ありがとう。

八尋のいるT高校に入れて、幸せです。

出来れば、八尋とまた仲良く話ができますように。

八尋に会いたいです。

別にお祈りをすれば、本当に願いが叶うとか信じているわけじゃない。

だから、お祈りじゃなくてただの挨拶。

胸の中に溜まっている八尋に会いたい気持ちを聞いてもらうだけで、何だか少し安心するんだ。





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