初恋は、君の涙に溶けていく
中学生の時までは、学校まで歩いて通学してたけど、高校生になってからは、距離も遠いのでバスで通学するようになった。
桜の木とお別れしてから、校門を出てすぐの所にある『T高校前』のバス停に行くと、私の他にT高生は誰もいなかった。
この時間は、ちょうど帰宅部組と部活生組の間の時間帯なので、エアポケットみたいになっていて混雑しないのだ。
ベンチに座って五分くらい待っていると、緑色の車体の市バスがゆっくりと近づいてきて、目の前に止まった。
ぷしゅー、と音を立てて開いた自動ドアから乗り込んで、右側の後ろから二番目の席に座る。
この席が私のお気に入りの指定席だ。
特に理由があるわけじゃないんだけど、何となくこの席が一番居心地が良い気がして、いつも同じ席に座っている。
時間調整をしてるのか、停車したままなかなか動かないバスの中で、ぼんやりと発車を待っていると、ふいに制服の肩のところに桜の花弁が一枚ひっついていることに気がついた。
桜並木はバス停と逆方向にしか無いから、中庭で付いたのかな?
花弁を壊さないように、丁寧に指でつまみ上げて、手のひらに乗せてみる。
もう桜の花の季節は終わりかけているというのに、私の手のひらの上のそれは、まだ綺麗なピンク色を保っていた。
もしかして『桜の守り神』からのプレゼント?
なんて考えてみると自然と頬が緩む。
なんだか嬉しいな。
この花弁は宝物にしよう。
胸ポケットから生徒手帳を取り出して、1ページ目に花弁を挟んで大事にしまった。
ありがとう、『桜の守り神』さん。
バスの中から、中庭の方向に向かって、ぺこりと頭を下げてみた。
放課後は毎日、会いに行ってるし、『桜の守り神』さんと私はもう友達だね。
なんて聞こえもしない距離なのに、話しかけてみたりして。
八尋には今日も会えなかったけど、良いことが一つあっただけで、だいぶ心が救われた気分になる。