初恋は、君の涙に溶けていく
「……どうして?」

と、私は泣いてる顔のままで、言った。

言った後で、自分に驚いた。

どうして、そんなことを訊いたんだろう? 

八尋は私とは付き合わない。

私は八尋の彼女になれない。

それだけで、いいじゃん。

理由なんて本当に知りたいの?

知ってどうするの?

テストの答え合わせじゃないんだよ。

頭の中では、そんな風に思っているのに、私は八尋の答えを待っているみたいに、じっと八尋のことを見つめ続けていた。

「………………好きな人がいるんだ」

少し迷ってから、八尋はそう言った。

それから制服の胸元に手を入れて、首からかけていた銀色の鎖を引っ張り出した。

そこには小さな指輪が二つ、通してあった。

ペアリングだ。

「これはね、約束の指輪なんだ」

八尋は二つの指輪を手のひらに乗せて見せてくれた。

「離れていても、ずっと一緒だよ、っていう約束の証。僕はこの指輪をくれた子のことが大好きで……ずっと大切にしたいと思っているから……七花とは付き合えない」

八尋はそう言いながら、手のひらの上の指輪を大切そうに、ぎゅっと握りしめた。

八尋の言葉は熱を帯びていた。

物静かで優しいいつもの口調とは違って、八尋には珍しい強い言葉で語ってた。

きっと八尋が、世界で一番大切にしている気持ちなんだ。

そう思った。

それはたぶん……私が八尋を好きな気持ちと同じものだ。

だから、私は消え入るような小さな声だったけど、

「わかった」

って、ちゃんと言えたと思う。

泣いていたし、恥ずかしかったし、悲しかったけど。

大切な気持ちを話してくれた八尋の心に、ちゃんと応えたかったから。

「ありがとう。七花」

そう言った八尋の優しい声が、今でも私の心の真ん中をずっと占領している。


中学生三年生の冬、そうやって私は、ずっと好きだった八尋に失恋した。


 
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