恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~
「……何なのもう」
愛深。
「お前が愛深の名前呼んだの初めてだからだろ」
その勢いも,弘のその言葉で萎んだ。
そうゆう,こと。
ばかじゃないの。
と思った。
大体,初めてなわけ……
そうかも,しれない。
思い返してみて,下の名前どころか,名字すら呼んだことが無いことに気がつく。
愛深と呼ぶのは,いつだって頭の中で,その行動を思い出すときだけ。
俺は何も答えず,ふいっと顔をそらした。
そんな俺に
「ごめんね。気を付けるから」
何を勘違いしたのか,愛深があわあわと言う。
まだ尾を引いているのか,勢いが弱い。
「そうゆうのも要らない。っつーか,時間終わるよ。もう戻ったら?」
何故か,ひどく動揺している気がする。
いつも困ってるのは愛深の方なのに。
愛深も,いつも通りに戻って。
そっけなく聞こえるように,俺は努めて声を発した。
なのに……
愛深はとびきり嬉しそうに笑って,教室を後にする。
「何なの,もう」
ボソリ,誰にも聞こえない声でもう一度呟き,俺は体を机に伏せる。
その,誰にも聞こえないはずの声を拾った弘が,また1つ楽しそうに笑った。