恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~
だから,その直前。
自身に驚いくようなおかしな表情を浮かべた愛深を。
ーぽふ。
俺は慰める,ただそれだけの目的で,うつむく愛深の頭に手のひらを置いた。
緩い動作で,そのまま撫でる。
愛深は警戒することも,嫌がることも,それどころか困ることもなく。
ただ1つ驚いたような顔をしたあと,嬉しそうにはにかんだまま俺を見上げた。
そうゆうのが無防備なんだって,もっと自覚すればいいのに。
愛深には期待するだけ,無駄なんだ。
「どうしたの?」
どうしたもこうしたもない。
なのに,純粋な瞳に見られると,弱い。
「いや,これは……まぁ,あんたなりに頑張ってるんじゃないの」
知らないけど,と語尾につきそうな言葉。
投げやりの無理矢理で,けれど愛深は理解したように笑う。
こんなに無邪気な人間が,どうやったら生まれるのか,俺には分からない。
「ありがとう。やっぱり暁くんは……」
いいかけて,不自然にやめる。
「なに?」
「…やっぱ言うのやーめたっ」
「なにそれ」
やっぱり,愛深は変だ。
俺の理解を越えて,おかしな行動を取る。
俺はそんな愛深が腹立たしくて,ほっぺを片手でうにょんとする。
その腹立たしい顔で,愛深はまた笑った。
全然痛くないよ,暁くん。
ーありがとう。やっぱり暁くんは───優しいね。
聞こえる必要の無い声が,俺にはいくつも届く。
優しいなんて,そんなはずないのに。
そう俺が言うことを理解して,愛深は口をつぐんだ様だった。
俺もまた,余計なことは言わない。
言えるはずもないと,口をつぐんだ。
愛深の,ばか。
でも,今だけはばかでいてくれないと……困る。