恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~



───────────────────




「もう,あいつは来ないから。俺の前でもう,そういう辛気臭い顔しないでくれる?」



昼休み,いつも通り会いに来た愛深に,俺は開口一番そう言った。

愛深はその言葉の全てに不思議そうな顔をする。

自覚が,ない。



「辛気臭い? いつもどーりじゃね?」



愛深だけじゃない,弘までだ。

意味が分からなくて,俺の顔が歪む。

どうみても,テンションが2割減なのに。



「うん。あと誰のこと?」

「昨日の……波玖とか言うやつ」



ようやく絞り出した名前。

間違っていても,そんなこと知らない。



「えっと……なんで?」

「……知らない」



えぇ?

と,困惑した顔の愛深。

そんなの,知らない。

そんな俺の視界をちらつく,不愉快な顔。

笑いを堪える様な,弘の顔。



「……弘」

「わりぃ……くくっ」



片眉をあげた俺に,弘は形だけの謝罪を寄越す。



「何のことか知ってるの?」

「いや,知らない……でも,なんとなく分かったわ。ふっ,あーお前マジおもろいな」

「うるさい」



勘ばかり鋭い弘は,それでも全容をしらない。

知ったら知ったで,生温いなんて言いそうなのに。

いっそ全部話してやりたい。

でも,愛深のために,そうはしない。

当の愛深は,俺達をみてくすくすと笑っていた。

どこか嬉しそうにも見えるけど,どうみても俺の言葉を信じてるようには見えない。

まあ,いいよ,今は。

平和な毎日に,本当だったと信じてくれたらいい。

愛深の周りが,平和だったらいい。
< 68 / 150 >

この作品をシェア

pagetop