恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~
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「もう,あいつは来ないから。俺の前でもう,そういう辛気臭い顔しないでくれる?」
昼休み,いつも通り会いに来た愛深に,俺は開口一番そう言った。
愛深はその言葉の全てに不思議そうな顔をする。
自覚が,ない。
「辛気臭い? いつもどーりじゃね?」
愛深だけじゃない,弘までだ。
意味が分からなくて,俺の顔が歪む。
どうみても,テンションが2割減なのに。
「うん。あと誰のこと?」
「昨日の……波玖とか言うやつ」
ようやく絞り出した名前。
間違っていても,そんなこと知らない。
「えっと……なんで?」
「……知らない」
えぇ?
と,困惑した顔の愛深。
そんなの,知らない。
そんな俺の視界をちらつく,不愉快な顔。
笑いを堪える様な,弘の顔。
「……弘」
「わりぃ……くくっ」
片眉をあげた俺に,弘は形だけの謝罪を寄越す。
「何のことか知ってるの?」
「いや,知らない……でも,なんとなく分かったわ。ふっ,あーお前マジおもろいな」
「うるさい」
勘ばかり鋭い弘は,それでも全容をしらない。
知ったら知ったで,生温いなんて言いそうなのに。
いっそ全部話してやりたい。
でも,愛深のために,そうはしない。
当の愛深は,俺達をみてくすくすと笑っていた。
どこか嬉しそうにも見えるけど,どうみても俺の言葉を信じてるようには見えない。
まあ,いいよ,今は。
平和な毎日に,本当だったと信じてくれたらいい。
愛深の周りが,平和だったらいい。