恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~
「ここは?」
俺が立ち止まったのを見て,愛深は不思議そうな顔をする。
「知り合いのやってる店」
さらりと答えると
「へー」
返ってきたのは珍しそうな声だった。
こんないかにも大人しか来ないような小さな居酒屋は,立ち入ったことなど無いんだろうなと思う。
営業前だと示す看板に,愛深は俺を見上げて。
それとほぼ同時,俺はガラガラとその戸を開けた。
「ちょっ」
愛深の慌てた声が聞こえて,少し脅かしてやろうかと楽しくなる。
「あ? お客さんまだやってませんで……なんだ唯兎か,久しぶりだな。何の用だ?」
けれど直ぐに近い関係だとバラしてしまうオッサンが中にはいて。
「場所かして」
俺はたった一言そう口にした。
「は? 相変わらず勝手なやつだな。挨拶くらいしたらどうだ。まぁ,汚すなよ」
「……久しぶり。愛深,何してんの。早く来なよ」
愛深が最初の位置から,まるでそこが固定ですと言わんばかりに動いてなくて。
俺は招き入れるように身体を愛深に向ける。
「えっ,あ。その,初めまして…? おっお邪魔します」
「何でそこでオロオロするの」
知り合いの店って,言ってるでしょ?
ベーグル食べに来ただけなんだから,そんなに緊張しなくていい。