一夜限りのはずだったのに実は愛されてました

会わせる顔がない

マンションを出て歩いていると着信に気がついた。

画面表示には松下さんの名前が出ている。
 
画面を見つめるだけで私は通話ボタンを押せずにいた。

一夜だけの関係だって、いま念押しされたら立ち直れない。口外するなと口止めされたら身の置き場もない。

電話に出れずにいるとそのうち松下さんからのメッセージが届いた。
私はそれも怖くて見ることができなかった。

明後日には出勤して顔を合わせてしまう。
せめてそれまではこのまま幸せな気持ちでいさせて欲しかった。

家に帰りつき、お風呂に入ると鏡に映る自分の姿に驚いた。
首筋や胸元など沢山の所有印が残されていたからだ。
そこかしこに赤い印が残っており彼との甘い夜を思い出させられた。
私はこれを見て、バスルームで涙がこぼれてきた。

想い出になんて出来ないよ。
松下さんのことが好きなんだもん。
彼の温もりを知ってしまったら「もっと、もっと」と欲が湧いてきてしまった。

松下さんのそばにいつまでもいたいよ……

バスルームにこだまする私の啜り泣きが響いている。

割り切れないよ。
松下さん。

私は自分で体を抱きしめ、息を強く吐き出した。

大丈夫。
今までだってこうしてやってきたら大丈夫だったもん。
これからだって大丈夫。

私は自分を納得させるように何度も言い聞かせた。

週末、何度となく松下さんからの電話やメッセージがきたが私はどれもスルーしてしまった。

明日は仕事だから直接会うことになる。
彼を目の前にして何もなかったように振る舞えるのかわからない。
けれどあと2週間でお見合いの日になってしまう。
もう後戻りは出来ない。 
松下さんに抱かれた今、身震いがするほどお見合いをすることを拒絶している自分がいるが、私の役目だから納得するしかない。
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