一夜限りのはずだったのに実は愛されてました
クリスマス、お正月と過ぎたが私は何の策もなく時間ばかりが過ぎていった。

お正月の帰省を促されるが、どうしても帰る気にならずインフルエンザにかかったと嘘をついて帰省を免れた。
そうまでしてでも帰省したくなかった。
父とお見合いの話をしたくなかった。

『調子はどうだ?見合いは1月28日になった。土曜日だから前日の夜こっちに帰ってきて、土曜日の朝から支度しなさい。母さんが美容院で着付けの予約をしているから』

いよいよこの連絡が来てしまった。
年明け早々嫌な気持ちにされてしまった。
父へのメールに、返信出来ずそのままにしておいた。


「あけましておめでとうございます」

みんな初出勤でお互いに挨拶を交わす。
こういう時くらいは、と松下さんから新年の挨拶をされるのが恒例だ。

「みんな今年もよろしく頼む。今年は官庁への納品が控えている。気を引き締めてかかれ」

「「「はい」」」

みんなの声が重なり力がみなぎる。

その後恒例になったお年玉が渡される。
ポケットマネーから松下さんが出すものだが、初めてもらったときに驚いてしまった。
大人になったのにお年玉をもらえるなんて思いもしなかった。
松下さんが社員は家族だから、といって金一封入れてくれる。
そういう気前の良さも彼の魅力だ。
最後になるであろうお年玉をいただき私は胸が熱くなった。

私の仕事始めはお付き合いのある業者などへ新年のご挨拶の連絡をすることだった。
毎年沢山のお年賀を用意し、松下さんや矢口さんと周り歩くことが私の仕事。
付き合いの業者が増えてしまい手が回らず二手に分かれて今年は回ることになった。
とはいえ松下さんが回ることの方が多いので私は松下さんに付き添い車にたくさん積み込んだところで乗り込んだ。

社用車はなくプライベートの車での移動。
私は何回乗せてもらっても助手席に乗ることは落ち着かず緊張してしまう。

「紗夜、お正月は何してた?」

「寝正月です。松下さんは?」

「寝てたよ。実家に帰省しなかったのか?」

「あ、ええ。1月末に帰省するのでお正月は帰りませんでした」

「そうか」

そんな他愛もない話をしながら次々と社を回り、新年のご挨拶をする。

「なぁ、みんなお年賀違うのか?」

「何パターンか用意しています。矢口さんの方にも付箋を貼っておきましたがダメでしたか?」

「いや、なんかお前すごいなと思って。いつもの手土産もだけど相手の会社のこと知ってるんだな」

不意に誉められたことで私は耳まで赤くなった自覚があった。

「そ、それが私の仕事ですから」

「そうか?でも俺なら適当に済ませていたけどお前に任せてから手土産持ってくと喜ばれるようになったんだ」

「そ、それならよかったです」

私は穴が開くほど膝を見つめてしまう。

「ははは、そんな照れるなよ」

松下さんに言われるとますます恥ずかしくなる。
誉められ慣れてない私には松下さんの言葉一つでドキドキしてしまう。

「耳まで赤くして可愛いなぁ」

そういうと頭をポンポンされた。
こういうことされるとどうしても松下さんのことを好きだと再認識させられてしまう。
心臓の音が運転席の彼に聞こえてしまわないかと思うくらいドキドキしている。
松下さんにとっては無自覚で、まるで妹のように頭を撫でてくれるのかもしれないと思うけど、私にとってはこういうことをされると男性経験のなさから特別なんじゃないかと期待させられる。

「紗夜、次で最後だよな。新年早々頭下げてばっかりで疲れたな」

「ふふ、お疲れ様でした」

「紗夜、このまま直帰でいいからご飯食べに行こう」

「食事ですか?」

「あぁ。お互い寝正月だったし美味いもんでも食べに行こう」

松下さんとこうして外回りをするときには一緒に食べることもあるが大抵矢口さんが一緒。
今日はその矢口さんがいない。
2人きり?
緊張して喉を通らなさそう……。

無理です、と断ろうかと思った。

無理というのも失礼な話なのだが本当に2人きりで食事なんてできない。

いつもの私なら何か理由をつけて断っていた。
けど……もうすぐファービスを辞めることになると思ったら最後の思い出作りに、と思い直した。

「美味しいもの、食べたいです」

「乗り気の紗夜なんて珍しいな。よし、美味いもん食わせてやる」

そういうと、最後の会社をささっと回り、挨拶を終わらせた。
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