人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
2
なぜあれほど叶恵に会いたくなったのか、それは自分でもよく分からない。
ただあの頃の蓮は、結婚を考えていた彼女に二股をかけられ、しかもその男がハイスクール時代の親友だったことで、かなりナーバスになっていた。
そんなときに父親から叶恵の話を聞いて、感傷的になったのかもしれない。
小さい頃、真面目で正義感が強く、素直で天真爛漫だった叶恵。
あの頃のまま大人になっていたらどういう女性になっているだろうと思うと、今の叶恵に会いたくてたまらなくなったのだ。
「お2人は気づいてましたよね。俺の初恋がカナだったこと」
「やっぱりそうだったのね」
「はい。でも、アメリカに行ってすぐは環境に慣れるので精一杯で連絡できなくて、慣れたら慣れたで毎日が楽しくて連絡できなくて。ただ、ちょっとしたことで思い出すことは多々あったんです。今は中学生だな、高校生だな、大学生になったよな、医者になる夢は実現できたかな、って」
「叶恵とは逆だな。あいつは太郎くんとの別れがつらくて、思い出そうともしなかった」
叶恵が思い出そうとしなかった気持ちは、理解できる。
大切だからふとした拍子に思い出すこともあれば、大切すぎて胸の奥深くに仕舞い込んで思い出さないことも、きっとあるはずだから。
「とにかく、そんな感じでずっと忘れられなかった子のことを、精神的に落ち込んでるときに父から聞かされたんです。この前日本に帰ったときに高崎家に寄って来た。叶恵ちゃんは医者になって今は大学病院で働いてるらしい、って。そしたら強烈に、カナに会いたくなってしまって……」
「叶恵を言い訳に、日本に逃げてきたか」
「うーん、逆かも。彼女に裏切られたことを言い訳に、カナに会いに帰ってきたって方が正しいかな」
いや、やっぱり國吉の言うとおりかもしれない。
叶恵に会ったら別れた彼女のことをきれいさっぱり吹っ切れるような気になっていたことは、否定できない。
「そういえば、カナは山内蓮が内山太郎だってこと、気づいてないですよね」
「たしかに気づいてないわね。あら、昨日以外にどこかで会ったの?」
「2年前に、今カナが働いてる病院でケガの処置をしてもらったんです。俺の情報は大学病院勤務で止まってたから、まさかあの病院で働いてるとは思わなくて驚きました。でも俺は一目で分かったのに、カナはまったく気づいてなかったから……」
あのとき、何度自分の正体を打ち明けようとしたか分からない。
でも叶恵は忙しそうで、とても感動の再会など望める雰囲気ではなかったのだ。
「ははは。叶恵らしいな。あいつは集中すると、極端に視野が狭くなるからな」
「そんな感じでした。とにかく俺の傷口しか見てなかったから」
「……なあ、太郎くん。私たちは、両親の分まで叶恵には幸せになってほしいと願ってる。そして一緒に幸せになってくれる相手が太郎くんなら、本当に嬉しいとも思う。だが20年も会ってなかったんだ。お互いに成長し、変わってしまった部分もたくさんあるだろう。知らない部分もな。今の太郎くんは、20年前の叶恵に幻想を抱いてるだけじゃないのかな?」
その質問には、自信を持って否定できる。
あのとき偶然叶恵に処置してもらい、叶恵のプロとしての姿を見て、一瞬で再び恋に落ちたのだ。
蓮が願っていたように、あの頃のまま大人になっていた叶恵に。
関わったのはほんのわずかな時間だったけれど、蓮にはそれで充分だった。
「カナが4歳のときにこの家に来てから今までずっと、カナは俺にとって大切な存在でした。たとえ20年前と変わったところがあっても、今のカナを改めて好きになる自信があります。今となっては、アメリカで彼女にふられたことすら、カナと再び会うための運命だったと思ってますから」
「そこまで言うなら、私たちは何も口出しはしないよ。今の叶恵を口説いてみるといい。ただあいつは忙しいからなあ。いくら太郎くんに時間があっても、あいつにはそこまで自由な時間はないぞ。どうする?」
「だったらうちで暮らせばいいじゃない」
絹江が満面の笑みで言う。
「太郎くん、しばらくお休みなんでしょう。何も予定がないなら今日からうちに泊まればいいわ。そしたら叶恵に毎日会えるわよ」
「そんな。ご迷惑になりますから」
「何が迷惑なものか。20年前までしょっちゅう入りびたっておったじゃないか」
國吉に大笑いされる。
確かにアメリカに行くまで、両親が共働きだったこともあり平日はほとんど毎日この家で暮らしていた。
毎晩のように夕食を食べさせてもらい、時には泊まることもあったのだ。
今さら2人が迷惑がるはずがない。
蓮の肚は決まった。
どうせ予定は叶恵に会うこと以外は何もないのだ。
「それならお言葉に甘えて、しばらくお世話になります。何でもしますから、俺にできることがあれば遠慮なく言ってください」
「それじゃあ、早速お願いしようかしら」
「はい。何なりと」
「まずはその他人行儀な言葉遣いをやめて、昔みたいに話すこと。それと、叶恵の部屋の向かいの和室が物置きになってるから、そこにあるものをお庭の倉庫に片付けてちょうだい。そしたらそこを太郎くんのお部屋にできるから」
「分かった。とりあえず今から着替えを取りに行って、戻ってから片付けるね。じゃあ、今日からよろしくお願いします」
2人に頭を下げて席を立つと、國吉に呼び止められた。
「ひとつだけ、条件がある」
「条件?」
「ああ。叶恵が気づくまでは山内蓮でいること。自分から、内山太郎であることは明かさないこと。もちろん、私たちから叶恵に太郎くんであることは言わない。どうかな?」
「分かった。その条件飲ませてもらうね。俺も、カナには幼馴染みって先入観なしで今の俺を好きになってもらいたいし」
「我が孫ながら手ごわいと思うけど、頑張ってね。私たちにできることがあれば、可能な限り協力してあげるから」
「うん、ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってきます」
そうして蓮は、長期休暇を高崎家で暮らすことになった。
すべては叶恵に、今の自分を好きになってもらうために……。
ただあの頃の蓮は、結婚を考えていた彼女に二股をかけられ、しかもその男がハイスクール時代の親友だったことで、かなりナーバスになっていた。
そんなときに父親から叶恵の話を聞いて、感傷的になったのかもしれない。
小さい頃、真面目で正義感が強く、素直で天真爛漫だった叶恵。
あの頃のまま大人になっていたらどういう女性になっているだろうと思うと、今の叶恵に会いたくてたまらなくなったのだ。
「お2人は気づいてましたよね。俺の初恋がカナだったこと」
「やっぱりそうだったのね」
「はい。でも、アメリカに行ってすぐは環境に慣れるので精一杯で連絡できなくて、慣れたら慣れたで毎日が楽しくて連絡できなくて。ただ、ちょっとしたことで思い出すことは多々あったんです。今は中学生だな、高校生だな、大学生になったよな、医者になる夢は実現できたかな、って」
「叶恵とは逆だな。あいつは太郎くんとの別れがつらくて、思い出そうともしなかった」
叶恵が思い出そうとしなかった気持ちは、理解できる。
大切だからふとした拍子に思い出すこともあれば、大切すぎて胸の奥深くに仕舞い込んで思い出さないことも、きっとあるはずだから。
「とにかく、そんな感じでずっと忘れられなかった子のことを、精神的に落ち込んでるときに父から聞かされたんです。この前日本に帰ったときに高崎家に寄って来た。叶恵ちゃんは医者になって今は大学病院で働いてるらしい、って。そしたら強烈に、カナに会いたくなってしまって……」
「叶恵を言い訳に、日本に逃げてきたか」
「うーん、逆かも。彼女に裏切られたことを言い訳に、カナに会いに帰ってきたって方が正しいかな」
いや、やっぱり國吉の言うとおりかもしれない。
叶恵に会ったら別れた彼女のことをきれいさっぱり吹っ切れるような気になっていたことは、否定できない。
「そういえば、カナは山内蓮が内山太郎だってこと、気づいてないですよね」
「たしかに気づいてないわね。あら、昨日以外にどこかで会ったの?」
「2年前に、今カナが働いてる病院でケガの処置をしてもらったんです。俺の情報は大学病院勤務で止まってたから、まさかあの病院で働いてるとは思わなくて驚きました。でも俺は一目で分かったのに、カナはまったく気づいてなかったから……」
あのとき、何度自分の正体を打ち明けようとしたか分からない。
でも叶恵は忙しそうで、とても感動の再会など望める雰囲気ではなかったのだ。
「ははは。叶恵らしいな。あいつは集中すると、極端に視野が狭くなるからな」
「そんな感じでした。とにかく俺の傷口しか見てなかったから」
「……なあ、太郎くん。私たちは、両親の分まで叶恵には幸せになってほしいと願ってる。そして一緒に幸せになってくれる相手が太郎くんなら、本当に嬉しいとも思う。だが20年も会ってなかったんだ。お互いに成長し、変わってしまった部分もたくさんあるだろう。知らない部分もな。今の太郎くんは、20年前の叶恵に幻想を抱いてるだけじゃないのかな?」
その質問には、自信を持って否定できる。
あのとき偶然叶恵に処置してもらい、叶恵のプロとしての姿を見て、一瞬で再び恋に落ちたのだ。
蓮が願っていたように、あの頃のまま大人になっていた叶恵に。
関わったのはほんのわずかな時間だったけれど、蓮にはそれで充分だった。
「カナが4歳のときにこの家に来てから今までずっと、カナは俺にとって大切な存在でした。たとえ20年前と変わったところがあっても、今のカナを改めて好きになる自信があります。今となっては、アメリカで彼女にふられたことすら、カナと再び会うための運命だったと思ってますから」
「そこまで言うなら、私たちは何も口出しはしないよ。今の叶恵を口説いてみるといい。ただあいつは忙しいからなあ。いくら太郎くんに時間があっても、あいつにはそこまで自由な時間はないぞ。どうする?」
「だったらうちで暮らせばいいじゃない」
絹江が満面の笑みで言う。
「太郎くん、しばらくお休みなんでしょう。何も予定がないなら今日からうちに泊まればいいわ。そしたら叶恵に毎日会えるわよ」
「そんな。ご迷惑になりますから」
「何が迷惑なものか。20年前までしょっちゅう入りびたっておったじゃないか」
國吉に大笑いされる。
確かにアメリカに行くまで、両親が共働きだったこともあり平日はほとんど毎日この家で暮らしていた。
毎晩のように夕食を食べさせてもらい、時には泊まることもあったのだ。
今さら2人が迷惑がるはずがない。
蓮の肚は決まった。
どうせ予定は叶恵に会うこと以外は何もないのだ。
「それならお言葉に甘えて、しばらくお世話になります。何でもしますから、俺にできることがあれば遠慮なく言ってください」
「それじゃあ、早速お願いしようかしら」
「はい。何なりと」
「まずはその他人行儀な言葉遣いをやめて、昔みたいに話すこと。それと、叶恵の部屋の向かいの和室が物置きになってるから、そこにあるものをお庭の倉庫に片付けてちょうだい。そしたらそこを太郎くんのお部屋にできるから」
「分かった。とりあえず今から着替えを取りに行って、戻ってから片付けるね。じゃあ、今日からよろしくお願いします」
2人に頭を下げて席を立つと、國吉に呼び止められた。
「ひとつだけ、条件がある」
「条件?」
「ああ。叶恵が気づくまでは山内蓮でいること。自分から、内山太郎であることは明かさないこと。もちろん、私たちから叶恵に太郎くんであることは言わない。どうかな?」
「分かった。その条件飲ませてもらうね。俺も、カナには幼馴染みって先入観なしで今の俺を好きになってもらいたいし」
「我が孫ながら手ごわいと思うけど、頑張ってね。私たちにできることがあれば、可能な限り協力してあげるから」
「うん、ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってきます」
そうして蓮は、長期休暇を高崎家で暮らすことになった。
すべては叶恵に、今の自分を好きになってもらうために……。