人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
3
今のは、もしかしてキス?
でも勘違いかもしれないし、わざわざ聞いて確認するようなことでもない気がするし……。
叶恵が内心で動揺していると、頭上からクックッと笑い声が聞こえてくる。
「叶恵さん、考えてることが顔に出てるよ。ちなみに今、俺は叶恵さんのおでこにキスをした。でもこれ以上何かをするつもりはない。だからこのまま安心して寝てていいよ」
「ありがたいんだけど、素直にありがとうって言うのもなんだか悔しい」
「叶恵さんって結構負けず嫌いだよね。小さい頃からそうだったの?」
「たぶん。隣の太郎くんとトランプとかゲームとかやって負けると悔しかったな。でも私が負けると泣くと分かってからは、太郎くんが負けてくれるようになったんだ。あのまま成長してたら、きっと素敵な人になってるだろうな」
あの頃の叶恵と太郎は、まるで兄妹だった。
だから叶恵は、太郎がゲームに負けてくれるのはお兄ちゃんだから当然だと思っていた。
それを太郎の思いやりだと気づかなかったから、太郎がアメリカに行ってしまうまで太郎のことを好きだったことに気づかなかったのだろう。
「叶恵さん、太郎くんが今何をしてるかも知らないの?」
「うん。今の太郎くんのことは何も知らない。あ、そういえば、私が医者になろうと思ったのって、太郎くんがきっかけだったな」
「どういうこと? ご両親のことがあったからじゃなかったの?」
「それもあるけど、直接的なきっかけは太郎くんなの。太郎くんが肩を脱臼して病院に行ったことがあって、治療して帰ってきたときには医者に心酔しててね。一瞬で腕が治った、すごい、俺も大きくなったら医者になる、って。だから私もなる、ってね。そのときは太郎くんにそう言ってもらえてる医者が羨ましくて、私も医者になったら太郎くんに褒めてもらえると思ってたの。すごい理由でしょ」
「でも子供の頃の夢って、そんな些細なことがきっかけになるんじゃない? すごいのはなろうと思った理由じゃなくて、それを実現させた叶恵さんだよ」
「またそうやって、甘いこと言う」
「甘いんじゃなくて、素直にすごいって褒めてるの。ほら、太郎くんに褒めてもらいたかったんでしょう」
「ははは」
やっぱり太郎と話すのは楽しい。
真面目な話をしていても、空気が重くなりすぎないように程よくふざけたことを言ってくる。
太郎のそのバランス感覚がいいなと思う。
「なんかあまりにも太郎くんとの思い出ばっかりで妬けてくるな。本当はずっと好きだったりしないの?」
「それはないよ。こんなに太郎くんのことを思い出したのは、たぶん初めてだと思う。いつの頃からか、2度と会えないと思って思い出すことをやめてしまってたから。きっと太郎くんがうちに来たからだね」
「それは、謝った方がいい?」
「謝られると困る。どれもいい思い出だから、思い出させてくれてありがとう、だよ」
太郎が思いつきでそんな名前にしなければ、きっとこれほどまで思い出さなかっただろう。
懐かしくて少し切なくなるけれど、思い出せてよかったと思っている。
「太郎くんが医者になったかどうかも、もちろん知らないんだよね?」
「うん、知らない。でも少なくとも日本ではなってないと思う」
「太郎くんが医者になってたら、どこかで再会してたかもしれないのに残念だね。……そういえば、叶恵さんはどうして大学病院を辞めたの? 國吉さんの病気のせい?」
その質問に、叶恵は内心ため息をつく。
辞めた理由を話したくないわけではない。
ただあまり思い出したくないのだ。
でも、打ち明けるチャンスは今しかない気がする。
「表向きはね。2人にはそう言ってるし」
「表向きはってどういうこと?」
「私も太郎くんと同じなの。結婚を考えていた人がいたんだけどね。いろいろあって別れて、大学病院から逃げたの」
太郎が息を呑んだのがアイマスク越しに伝わってくる。
叶恵は構わず話し続けた。
「彼、大学の同級生だったんだ。1年の時から仲が良くて、5年生になる前に付き合い始めたの。卒業して2人ともそのまま大学病院に就職して、病院の近くで同棲してた。お互いにゆくゆくは結婚するつもりだったし、実際にそういう話もしてたんだけどね」
「だったらどうして?」
「彼、地方のわりと大きな病院の息子で、親が決めた結婚相手がいたの。でも私と結婚するってずっと親に反発してたんだけど、実際はそううまくいかなくて」
「もしかして、身を引いた?」
「うーん。身を引いたのとはちょっと違うかも。ちょうどその頃おじいちゃんにガンが見つかって、手術しなきゃいけなくて、彼についていくことはできないって思ったの。彼じゃなくて家族を選んだから、身を引いたわけじゃないよ」
あの頃は、彼氏とのあれこれに疲れていたのだ。
親を説得できない彼を頼りないと思ったし、頑なに自分を認めようとしない彼の親とうまくやっていけるとも思えなかった。
だから彼ではなく家族を選んだのは当然の結果で、その選択を後悔したことはない。
「ただ、彼とは病院内では公認の仲だったから、周囲にあれこれ言われるのがいやで、別れたって噂が広まる前に辞表を出して、おじいちゃんの入院に合わせて有給消化してね。今の病院の院長のお父さんがおじいちゃんの囲碁友達で、おじいちゃんのお見舞いに来てくれてたときに病室で知り合って、今の病院で働くことになったの」
「そんな別れ方したなら、まだ彼のこと忘れてないんじゃないの? 今でも好きなのは、初恋の太郎くんじゃなくて彼だったりする?」
「それもない。納得して別れを選んだのは私の方だし、たとえ勘当されてでも私を選ぶっていうような強い思いがなかった彼には、正直幻滅もしたから。今はきちんと過去のことになってるし、彼のことを思い出すこともないよ」
「じゃあ、俺がつけ入る隙は充分あるってことだね」
でも勘違いかもしれないし、わざわざ聞いて確認するようなことでもない気がするし……。
叶恵が内心で動揺していると、頭上からクックッと笑い声が聞こえてくる。
「叶恵さん、考えてることが顔に出てるよ。ちなみに今、俺は叶恵さんのおでこにキスをした。でもこれ以上何かをするつもりはない。だからこのまま安心して寝てていいよ」
「ありがたいんだけど、素直にありがとうって言うのもなんだか悔しい」
「叶恵さんって結構負けず嫌いだよね。小さい頃からそうだったの?」
「たぶん。隣の太郎くんとトランプとかゲームとかやって負けると悔しかったな。でも私が負けると泣くと分かってからは、太郎くんが負けてくれるようになったんだ。あのまま成長してたら、きっと素敵な人になってるだろうな」
あの頃の叶恵と太郎は、まるで兄妹だった。
だから叶恵は、太郎がゲームに負けてくれるのはお兄ちゃんだから当然だと思っていた。
それを太郎の思いやりだと気づかなかったから、太郎がアメリカに行ってしまうまで太郎のことを好きだったことに気づかなかったのだろう。
「叶恵さん、太郎くんが今何をしてるかも知らないの?」
「うん。今の太郎くんのことは何も知らない。あ、そういえば、私が医者になろうと思ったのって、太郎くんがきっかけだったな」
「どういうこと? ご両親のことがあったからじゃなかったの?」
「それもあるけど、直接的なきっかけは太郎くんなの。太郎くんが肩を脱臼して病院に行ったことがあって、治療して帰ってきたときには医者に心酔しててね。一瞬で腕が治った、すごい、俺も大きくなったら医者になる、って。だから私もなる、ってね。そのときは太郎くんにそう言ってもらえてる医者が羨ましくて、私も医者になったら太郎くんに褒めてもらえると思ってたの。すごい理由でしょ」
「でも子供の頃の夢って、そんな些細なことがきっかけになるんじゃない? すごいのはなろうと思った理由じゃなくて、それを実現させた叶恵さんだよ」
「またそうやって、甘いこと言う」
「甘いんじゃなくて、素直にすごいって褒めてるの。ほら、太郎くんに褒めてもらいたかったんでしょう」
「ははは」
やっぱり太郎と話すのは楽しい。
真面目な話をしていても、空気が重くなりすぎないように程よくふざけたことを言ってくる。
太郎のそのバランス感覚がいいなと思う。
「なんかあまりにも太郎くんとの思い出ばっかりで妬けてくるな。本当はずっと好きだったりしないの?」
「それはないよ。こんなに太郎くんのことを思い出したのは、たぶん初めてだと思う。いつの頃からか、2度と会えないと思って思い出すことをやめてしまってたから。きっと太郎くんがうちに来たからだね」
「それは、謝った方がいい?」
「謝られると困る。どれもいい思い出だから、思い出させてくれてありがとう、だよ」
太郎が思いつきでそんな名前にしなければ、きっとこれほどまで思い出さなかっただろう。
懐かしくて少し切なくなるけれど、思い出せてよかったと思っている。
「太郎くんが医者になったかどうかも、もちろん知らないんだよね?」
「うん、知らない。でも少なくとも日本ではなってないと思う」
「太郎くんが医者になってたら、どこかで再会してたかもしれないのに残念だね。……そういえば、叶恵さんはどうして大学病院を辞めたの? 國吉さんの病気のせい?」
その質問に、叶恵は内心ため息をつく。
辞めた理由を話したくないわけではない。
ただあまり思い出したくないのだ。
でも、打ち明けるチャンスは今しかない気がする。
「表向きはね。2人にはそう言ってるし」
「表向きはってどういうこと?」
「私も太郎くんと同じなの。結婚を考えていた人がいたんだけどね。いろいろあって別れて、大学病院から逃げたの」
太郎が息を呑んだのがアイマスク越しに伝わってくる。
叶恵は構わず話し続けた。
「彼、大学の同級生だったんだ。1年の時から仲が良くて、5年生になる前に付き合い始めたの。卒業して2人ともそのまま大学病院に就職して、病院の近くで同棲してた。お互いにゆくゆくは結婚するつもりだったし、実際にそういう話もしてたんだけどね」
「だったらどうして?」
「彼、地方のわりと大きな病院の息子で、親が決めた結婚相手がいたの。でも私と結婚するってずっと親に反発してたんだけど、実際はそううまくいかなくて」
「もしかして、身を引いた?」
「うーん。身を引いたのとはちょっと違うかも。ちょうどその頃おじいちゃんにガンが見つかって、手術しなきゃいけなくて、彼についていくことはできないって思ったの。彼じゃなくて家族を選んだから、身を引いたわけじゃないよ」
あの頃は、彼氏とのあれこれに疲れていたのだ。
親を説得できない彼を頼りないと思ったし、頑なに自分を認めようとしない彼の親とうまくやっていけるとも思えなかった。
だから彼ではなく家族を選んだのは当然の結果で、その選択を後悔したことはない。
「ただ、彼とは病院内では公認の仲だったから、周囲にあれこれ言われるのがいやで、別れたって噂が広まる前に辞表を出して、おじいちゃんの入院に合わせて有給消化してね。今の病院の院長のお父さんがおじいちゃんの囲碁友達で、おじいちゃんのお見舞いに来てくれてたときに病室で知り合って、今の病院で働くことになったの」
「そんな別れ方したなら、まだ彼のこと忘れてないんじゃないの? 今でも好きなのは、初恋の太郎くんじゃなくて彼だったりする?」
「それもない。納得して別れを選んだのは私の方だし、たとえ勘当されてでも私を選ぶっていうような強い思いがなかった彼には、正直幻滅もしたから。今はきちんと過去のことになってるし、彼のことを思い出すこともないよ」
「じゃあ、俺がつけ入る隙は充分あるってことだね」