人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
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「……先生、高崎先生」
「あ、ごめん。どうしたの?」
彩の呼びかけにハッと顔を上げると、呆れ顔が飛び込んできた。
「どうしたのじゃないですよ。お昼行きましょうって言ったんです。先生、最近ヘンですよ。ボーっとしてるかと思えばため息ついたりして、彼氏と何かあったんですか。何か悩んでるなら、話くらい聞きますよ。先生と私の仲じゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って。彼氏ってどういうこと?」
「どういうこともなにも、できたんですよね? 先週の送り迎えに加えて、昨日の朝も高級外車で送ってもらってたって。ナースの休憩室、最近その話題で持ちきりですよ」
昨日の朝は土砂降りだったので、太郎が車で送ってくれたのだ。
覚悟はしていたけれどそれほど広まっているなんて、さすがナースの情報網だ。
「先生、今夜飲みに行きましょう。じっくり聞かせてもらいますからね」
「彩ちゃん、今日はまだ水曜日で、しかも私昨日当直だったのよ?」
「昨日は珍しく平和な夜だったって、今朝聞きましたよ。あ、デートですか」
「違うわよ。……そうね。飲みに行こうか。彩ちゃんの意見も聞きたいし。ただし明日も仕事だから、さっさと帰るわよ」
「了解です。じゃ、お昼行きましょう」
昼食を食べて、叶恵は太郎に電話をかける。
「太郎くん、今日友達と飲みに行くことになったから、お迎えはいいよ。あと、おばあちゃんにもそう伝えといてくれない?」
『分かった。で、どこで飲むの?』
「駅前だけど、どうして?」
『帰りが心配だから迎えに行く。友達と別れたら電話して。ね?』
「うん、分かった。そんなに遅くならないと思うから」
幸い残業もなく、定時で上がって彩と2人でいつも行く駅前のダイニングバーに行く。
1杯目の生ビールを頼んで乾杯すると、さっそく彩が切り出してきた。
「で、いつから付き合ってるんですか」
「付き合ってるわけじゃないよ」
「は? だったらあの送り迎えは何ですか? っていうか先生、先週手首にキスマークついてましたよね。あれはどう説明するんですか」
彩の言葉に、叶恵はビールを吹き出しそうになる。
マッサージをしてクリームを付けて目立たなくしたから、まさか気づかれていたとは思っていなかった。
「その慌てっぷり、やっぱり虫刺されじゃなかったんですね」
「彩ちゃん、カマかけたのね」
「引っかかる先生が悪いんですよ。で、どこで出会ってどうなってるんですか。付き合ってないってどういうことですか」
叶恵はポツポツと話し始めた。
太郎をご近所に説明しているように國吉の従兄弟の孫という設定にして、それ以外はほぼそのまま話した。
告白されたことも、キスされたことも、待つと言われたことも、自分が悩んでいることもすべて。
叶恵の話を聞き終えた彩は、盛大なため息をつく。
「先生って、学力偏差値も顔面偏差値も高いのに、恋愛偏差値は最低レベルですね」
「どういうことよ?」
「告白されたのも2人で出かけたのもキスされたのもいやじゃなかったのに、何をためらってるんですか。その人のことを好きなら、どうしてそう言ってあげないんですか」
「それは……」
太郎が有名人だからと説明できたら、どれだけ簡単だろう。
でもそれだけは言えない。
「そもそも先生、何に一番引っかかってるんですか」
「住む世界が違うこと、かな。私じゃ彼に釣り合わない気がして、私は彼に好きになってもらえるような人間なのかな、本当に彼は私を好きなのかなって……」
「そもそも住む世界が違うって、どういうことですか。ロイヤルファミリーでも一般人と結婚するこのご時世に、いったいいつの時代の話をしてるんですか。それともその人、宇宙人か何かですか。違いますよね?」
彩の言うことは至極もっともで、叶恵は頷くことしかできなかった。
「先生、その人に、気持ちの整理がつくまで待つって言われたんですよね? 普通、本気で好きじゃない人にはそんなこと言いませんよ。それって、ほかの女は眼中にないってことでしょう」
「そうなの?」
「そうです。先生がその人を本気で好きなら、好きって言われた自分に自信を持つべきです。でないとその人がかわいそうですよ。大切なのはその人の気持ちを疑うことじゃなくて、先生がその人をどう想っているかじゃないですか。好きなら余計なことは考えずに、さっさと自分の気持ちを伝えるべきです」
彩の言葉に目が覚める思いがした。
信じられなかったのは太郎の想いではなく、太郎が好きといってくれた自分のことだったのだ。
自分で自分を信じられなかったから太郎の想いも信じられずに、本当に自分でいいのかと不安になって、自信を持つことができなかったのだ。
なぜなら住む世界が違う太郎には自分は相応しくないと思っていたから。
でも太郎はただ職業が特殊なだけで、普通の男性と変わらない。
太郎が何度もそう言ってくれて、意識しないように呼び名まで考えてくれたのに、太郎がなぜそうしてくれたのかを深く考えていなかった。
太郎はきっとそうすることで叶恵に自信を持ってもらおうと、そして自分の想いを信じさせようとしていたのだと、やっと分かった。
彩が言うように、太郎を好きなら、太郎が好きだと言ってくれた自分を信じなければ何も始まらない。
自分で自分を信じられないということは、太郎の想いを信じられないということだから。
「……彩ちゃん、ありがとう。私、どうして彼に好きだって言えなかったのか、彩ちゃんのおかげでやっと分かった」
「先生のお役に立てたのならよかったです。っていうか住む世界が違うって、何してる人なんですか」
「えーと。それはまた今度ってことで」
「仕方ない。今は聞かないでおいてあげます」
そのあとはお互いに仕事のグチを言ったり院内の噂話を検証したりして、9時を回ったところで帰ることにした。
「あ、ごめん。どうしたの?」
彩の呼びかけにハッと顔を上げると、呆れ顔が飛び込んできた。
「どうしたのじゃないですよ。お昼行きましょうって言ったんです。先生、最近ヘンですよ。ボーっとしてるかと思えばため息ついたりして、彼氏と何かあったんですか。何か悩んでるなら、話くらい聞きますよ。先生と私の仲じゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って。彼氏ってどういうこと?」
「どういうこともなにも、できたんですよね? 先週の送り迎えに加えて、昨日の朝も高級外車で送ってもらってたって。ナースの休憩室、最近その話題で持ちきりですよ」
昨日の朝は土砂降りだったので、太郎が車で送ってくれたのだ。
覚悟はしていたけれどそれほど広まっているなんて、さすがナースの情報網だ。
「先生、今夜飲みに行きましょう。じっくり聞かせてもらいますからね」
「彩ちゃん、今日はまだ水曜日で、しかも私昨日当直だったのよ?」
「昨日は珍しく平和な夜だったって、今朝聞きましたよ。あ、デートですか」
「違うわよ。……そうね。飲みに行こうか。彩ちゃんの意見も聞きたいし。ただし明日も仕事だから、さっさと帰るわよ」
「了解です。じゃ、お昼行きましょう」
昼食を食べて、叶恵は太郎に電話をかける。
「太郎くん、今日友達と飲みに行くことになったから、お迎えはいいよ。あと、おばあちゃんにもそう伝えといてくれない?」
『分かった。で、どこで飲むの?』
「駅前だけど、どうして?」
『帰りが心配だから迎えに行く。友達と別れたら電話して。ね?』
「うん、分かった。そんなに遅くならないと思うから」
幸い残業もなく、定時で上がって彩と2人でいつも行く駅前のダイニングバーに行く。
1杯目の生ビールを頼んで乾杯すると、さっそく彩が切り出してきた。
「で、いつから付き合ってるんですか」
「付き合ってるわけじゃないよ」
「は? だったらあの送り迎えは何ですか? っていうか先生、先週手首にキスマークついてましたよね。あれはどう説明するんですか」
彩の言葉に、叶恵はビールを吹き出しそうになる。
マッサージをしてクリームを付けて目立たなくしたから、まさか気づかれていたとは思っていなかった。
「その慌てっぷり、やっぱり虫刺されじゃなかったんですね」
「彩ちゃん、カマかけたのね」
「引っかかる先生が悪いんですよ。で、どこで出会ってどうなってるんですか。付き合ってないってどういうことですか」
叶恵はポツポツと話し始めた。
太郎をご近所に説明しているように國吉の従兄弟の孫という設定にして、それ以外はほぼそのまま話した。
告白されたことも、キスされたことも、待つと言われたことも、自分が悩んでいることもすべて。
叶恵の話を聞き終えた彩は、盛大なため息をつく。
「先生って、学力偏差値も顔面偏差値も高いのに、恋愛偏差値は最低レベルですね」
「どういうことよ?」
「告白されたのも2人で出かけたのもキスされたのもいやじゃなかったのに、何をためらってるんですか。その人のことを好きなら、どうしてそう言ってあげないんですか」
「それは……」
太郎が有名人だからと説明できたら、どれだけ簡単だろう。
でもそれだけは言えない。
「そもそも先生、何に一番引っかかってるんですか」
「住む世界が違うこと、かな。私じゃ彼に釣り合わない気がして、私は彼に好きになってもらえるような人間なのかな、本当に彼は私を好きなのかなって……」
「そもそも住む世界が違うって、どういうことですか。ロイヤルファミリーでも一般人と結婚するこのご時世に、いったいいつの時代の話をしてるんですか。それともその人、宇宙人か何かですか。違いますよね?」
彩の言うことは至極もっともで、叶恵は頷くことしかできなかった。
「先生、その人に、気持ちの整理がつくまで待つって言われたんですよね? 普通、本気で好きじゃない人にはそんなこと言いませんよ。それって、ほかの女は眼中にないってことでしょう」
「そうなの?」
「そうです。先生がその人を本気で好きなら、好きって言われた自分に自信を持つべきです。でないとその人がかわいそうですよ。大切なのはその人の気持ちを疑うことじゃなくて、先生がその人をどう想っているかじゃないですか。好きなら余計なことは考えずに、さっさと自分の気持ちを伝えるべきです」
彩の言葉に目が覚める思いがした。
信じられなかったのは太郎の想いではなく、太郎が好きといってくれた自分のことだったのだ。
自分で自分を信じられなかったから太郎の想いも信じられずに、本当に自分でいいのかと不安になって、自信を持つことができなかったのだ。
なぜなら住む世界が違う太郎には自分は相応しくないと思っていたから。
でも太郎はただ職業が特殊なだけで、普通の男性と変わらない。
太郎が何度もそう言ってくれて、意識しないように呼び名まで考えてくれたのに、太郎がなぜそうしてくれたのかを深く考えていなかった。
太郎はきっとそうすることで叶恵に自信を持ってもらおうと、そして自分の想いを信じさせようとしていたのだと、やっと分かった。
彩が言うように、太郎を好きなら、太郎が好きだと言ってくれた自分を信じなければ何も始まらない。
自分で自分を信じられないということは、太郎の想いを信じられないということだから。
「……彩ちゃん、ありがとう。私、どうして彼に好きだって言えなかったのか、彩ちゃんのおかげでやっと分かった」
「先生のお役に立てたのならよかったです。っていうか住む世界が違うって、何してる人なんですか」
「えーと。それはまた今度ってことで」
「仕方ない。今は聞かないでおいてあげます」
そのあとはお互いに仕事のグチを言ったり院内の噂話を検証したりして、9時を回ったところで帰ることにした。