人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
彼の正体
1
そういうことが往々にして起こることは分かっているつもりだった。
仕事の性質上、いつ何があっても仕方がないことも。
でも、よりによってどうして今日なの……?
終業まであと30分に迫った夕方5時。
おそれていた救急搬送の連絡にため息をついた叶恵を見て、そばにいた救命部の看護師が苦笑する。
「もしかしてデートでしたか」
「う。ああ、まあ」
「今日だけは早く帰りたいって日に急患が来ることって、本当によくありますよね。まあ運が悪かったと思って諦めてください。それにしても先生がため息つくほど急患にがっかりするなんて、恋の力は偉大ですね」
叶恵自身、これほどまでにがっかりするとは思わなかった。
確かに夕陽はいつでも見られるし、約束がなくなったわけでもない。
それでも、想いが通じ合って初めてのデートだったのだ。
出かけられなくなることよりも、太郎を待たせてしまうのがいやだった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。すぐに戻るから」
「はい、どうぞ」
本当は何をしに行くか見抜いているであろう彼女に礼を言って、叶恵は急いで休憩室に入って太郎に電話をかける。
「太郎くん。急患が入るから、終わり時間が分からなくなった。本当にごめんなさい」
『こればっかりは仕方ないよ。とりあえず、仕事が終わったらまた連絡して』
「うん。本当にごめんね」
そうして仕事に戻り、すべてが終わったときには8時を過ぎていた。
急いで更衣室に行き、着替える前に太郎に再び電話する。
「太郎くん、待たせて本当にごめんね。今から着替えるから。どこに行けばいい?」
『実はもう駐車場で待ってる。だから慌てなくていいよ』
「え、そうなの? ごめん。急いで行くね」
超特急で着替えを済ませてメイクを直し、外に出て太郎の車に乗り込む。
「お帰り。お疲れさま。大変だったね」
「本当にごめんね。いつから待ってたの?」
「30分くらい前かな。とりあえず車出すね」
太郎の声音が穏やかなことに安堵しつつ、初めてのデートで2時間以上も遅れたことに申し訳なさを感じる。
「太郎くん、今日は本当にごめんなさい」
「どうして謝るの? 叶恵さんのせいじゃないでしょ」
「そうだけど、でも……」
「叶恵さんの仕事のことは分かってるから、そんなに気にしないで。ね?」
太郎はステアリングを握っていた右手を放し、なだめるように叶恵の頭を撫でる。
「うん、ありがとう。……夕陽、見に行けなかったね」
「俺は次のデートの約束ができるから嬉しいけどね。夕陽の代わりになるか分からないけど、今からちょっと付き合って。夕飯、もう少し我慢してね」
「どこに行くの?」
「内緒。着いてからのお楽しみ。1時間もかからないと思うけど、寝てていいよ」
眠るつもりはなかったが、最後の仕事で精神的に疲れたせいかいつの間にか意識を手放してしまい、目が覚めたときにはコインパーキングに駐車しているところだった。
「ごめんね、寝るつもりなかったのに」
「俺がいいって言ったんだから謝らないでよ。っていうか今日は謝りすぎ。もし次にごめんって言ったら、そこがどこだろうがキスで口塞ぐよ?」
「はい、気をつけます。ところでどこに行くの?」
「まだ内緒」
2人で車を降りると、太郎がリアシートからトートバッグを取り出した。
「いつもは手ぶらなのに、バッグ持ってるなんて珍しいね」
「うん、ちょっとね。さ、行こう」
バッグを持っていない方の手を差し出され、叶恵は迷うことなくその手を握った。
「太郎くん、ここどこ?」
「病院から車で40分の、閑静な住宅街。詳しくは着いてからのお楽しみ」
どうやら着くまで教えてくれるつもりはないらしい。
5分くらい歩くと、左手に緩やかなスロープが見えてきた。
太郎は叶恵の手を引いて、迷わずそこを上がっていく。
やがて視界がだんだん開けてきて、叶恵はハッと太郎を見る。
「もしかして、夕陽の代わりって、夜景?」
「そう。夕立があったから、たぶんキレイに見えると思うよ」
スロープを上りきると、目の前にはスカイツリーと東京タワーが一度に見られるパノラマ夜景が広がっていた。
「うわぁ。すごくキレイ……」
「夕陽の代わりになった?」
「うん。連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。ほかに人がいなくてよかったね」
「こんなところ、よく知ってたね」
「前にこの近くで撮影したときに地元の人に教えてもらったんだ。俺も初めて見たときは感動したよ。こんな住宅街にこんな所があるなんてビックリでしょ」
叶恵は黙って頷いた。
夜景にも感動したが、それよりも太郎が夕陽の代わりを考えてくれていた思いやりが嬉しかった。
仕事の性質上、いつ何があっても仕方がないことも。
でも、よりによってどうして今日なの……?
終業まであと30分に迫った夕方5時。
おそれていた救急搬送の連絡にため息をついた叶恵を見て、そばにいた救命部の看護師が苦笑する。
「もしかしてデートでしたか」
「う。ああ、まあ」
「今日だけは早く帰りたいって日に急患が来ることって、本当によくありますよね。まあ運が悪かったと思って諦めてください。それにしても先生がため息つくほど急患にがっかりするなんて、恋の力は偉大ですね」
叶恵自身、これほどまでにがっかりするとは思わなかった。
確かに夕陽はいつでも見られるし、約束がなくなったわけでもない。
それでも、想いが通じ合って初めてのデートだったのだ。
出かけられなくなることよりも、太郎を待たせてしまうのがいやだった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。すぐに戻るから」
「はい、どうぞ」
本当は何をしに行くか見抜いているであろう彼女に礼を言って、叶恵は急いで休憩室に入って太郎に電話をかける。
「太郎くん。急患が入るから、終わり時間が分からなくなった。本当にごめんなさい」
『こればっかりは仕方ないよ。とりあえず、仕事が終わったらまた連絡して』
「うん。本当にごめんね」
そうして仕事に戻り、すべてが終わったときには8時を過ぎていた。
急いで更衣室に行き、着替える前に太郎に再び電話する。
「太郎くん、待たせて本当にごめんね。今から着替えるから。どこに行けばいい?」
『実はもう駐車場で待ってる。だから慌てなくていいよ』
「え、そうなの? ごめん。急いで行くね」
超特急で着替えを済ませてメイクを直し、外に出て太郎の車に乗り込む。
「お帰り。お疲れさま。大変だったね」
「本当にごめんね。いつから待ってたの?」
「30分くらい前かな。とりあえず車出すね」
太郎の声音が穏やかなことに安堵しつつ、初めてのデートで2時間以上も遅れたことに申し訳なさを感じる。
「太郎くん、今日は本当にごめんなさい」
「どうして謝るの? 叶恵さんのせいじゃないでしょ」
「そうだけど、でも……」
「叶恵さんの仕事のことは分かってるから、そんなに気にしないで。ね?」
太郎はステアリングを握っていた右手を放し、なだめるように叶恵の頭を撫でる。
「うん、ありがとう。……夕陽、見に行けなかったね」
「俺は次のデートの約束ができるから嬉しいけどね。夕陽の代わりになるか分からないけど、今からちょっと付き合って。夕飯、もう少し我慢してね」
「どこに行くの?」
「内緒。着いてからのお楽しみ。1時間もかからないと思うけど、寝てていいよ」
眠るつもりはなかったが、最後の仕事で精神的に疲れたせいかいつの間にか意識を手放してしまい、目が覚めたときにはコインパーキングに駐車しているところだった。
「ごめんね、寝るつもりなかったのに」
「俺がいいって言ったんだから謝らないでよ。っていうか今日は謝りすぎ。もし次にごめんって言ったら、そこがどこだろうがキスで口塞ぐよ?」
「はい、気をつけます。ところでどこに行くの?」
「まだ内緒」
2人で車を降りると、太郎がリアシートからトートバッグを取り出した。
「いつもは手ぶらなのに、バッグ持ってるなんて珍しいね」
「うん、ちょっとね。さ、行こう」
バッグを持っていない方の手を差し出され、叶恵は迷うことなくその手を握った。
「太郎くん、ここどこ?」
「病院から車で40分の、閑静な住宅街。詳しくは着いてからのお楽しみ」
どうやら着くまで教えてくれるつもりはないらしい。
5分くらい歩くと、左手に緩やかなスロープが見えてきた。
太郎は叶恵の手を引いて、迷わずそこを上がっていく。
やがて視界がだんだん開けてきて、叶恵はハッと太郎を見る。
「もしかして、夕陽の代わりって、夜景?」
「そう。夕立があったから、たぶんキレイに見えると思うよ」
スロープを上りきると、目の前にはスカイツリーと東京タワーが一度に見られるパノラマ夜景が広がっていた。
「うわぁ。すごくキレイ……」
「夕陽の代わりになった?」
「うん。連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。ほかに人がいなくてよかったね」
「こんなところ、よく知ってたね」
「前にこの近くで撮影したときに地元の人に教えてもらったんだ。俺も初めて見たときは感動したよ。こんな住宅街にこんな所があるなんてビックリでしょ」
叶恵は黙って頷いた。
夜景にも感動したが、それよりも太郎が夕陽の代わりを考えてくれていた思いやりが嬉しかった。