人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
5
叶恵はグラスを落としそうになった。
人気俳優に突然極上の声で名前を呼び捨てにされて、誰が平静でいられるだろう。
蓮がドキュメンタリー番組のナレーションをするほど声もいいことを、叶恵はこの瞬間まですっかり忘れていた。
というより、蓮は意図してこの声を今まで出さなかったのではないだろうか。
おそるおそる蓮の様子をうかがうと、まるでいたずらっ子のような意地悪な笑みを浮かべて叶恵を見ていた。
やっぱりわざとだと確信すると同時に、蓮がとんでもないことを言いだした。
「あ、そうだ。罰ゲームつきにするってのはどう? 叶恵が俺に敬語使ったら、お詫びのキスをしてもらう。反対に俺が敬語使ったら、俺が叶恵にごめんってキスをする」
「な、何を言ってるんですか」
「あー、今敬語使ったよね。お詫びのキスしてくれる?」
「山内さん、酔ってますよね?」
「いいや。至ってシラフ。まだ一口しか飲んでないもん。仕方ない、今のはノーカウントにしてあげるよ。あ、それとも逆にする? 叶恵が敬語使うごとに、俺がキスするってのもありかな」
全然ありじゃない。
蓮は日常生活どころか、心臓まで破壊する気だろうか。
「叶恵はどっちがいい? する? される? 好きなほうを選ばせてあげる」
「どっちも嫌なので、敬語は使わない。これでいい?」
「そこでうっかり『いいですか』って言ってほしかったな」
と、本気で残念そうな顔をする。
日ごろ綺麗な女優さんに囲まれて仕事をして、相手は選りどり見どりのはずだ。
何も今日知り合ったばかりの自分をからかわなくてもいいのに。
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
「私をからかって、楽しいですか」
「からかってなんていないよ」
「だったらキスとかそんなこと言うの、やめてください。あなたには何でもないことかもしれないけど、私には簡単にできることじゃないんです。おやすみなさい」
立ち上がって部屋に戻ろうとすると、腕を掴まれた。
「からかわれたと思ったんなら謝る。本当にごめん。俺、かなりうかれてた。だから、そういうつもりはまったくなかったんだ。お願いだから、もう少しだけ一緒にいてくれないかな?」
真剣な声音に毒気を抜かれ、叶恵はソファに座りなおす。
「本当にごめん」
「からかうつもりじゃなかったのなら、もういいです。でも、初対面の有名俳優にそんなこと言われたら、誰でもからかわれてると思います。私の気持ちも分かってください」
「実はね、叶恵さんと俺、初対面じゃないんだよ」
「え?」
蓮とどこかで出会っただろうか。
記憶を頭の隅から隅まで探してみるが、どこにもその欠片は見つからない。
「本当に、お会いしたことがありますか。山内さんの勘違いとかじゃなくて?」
「勘違いじゃないよ。やっぱり覚えてなかったか」
「はい。ごめんなさい」
「いや、でも、あの状況だと覚えてなくても当然かな。これ、見てくれる?」
蓮が前髪をかき上げ、額の右側の髪の生え際を指す。
そこにはうっすらと4センチほどの傷跡があった。
それを見て、一瞬何かが脳裏をかすめる。
有名人が来たという噂。
でも自分は手一杯で気にする余裕がなくて……。
「たしか2年前の今頃だったかな。この近くで映画の撮影してるときにケガをして、叶恵さんの病院に行ったんだ。隣の処置室はすごく忙しそうで、時間がかかりそうだったからほかの病院に行ったほうがいいかもってマネージャーと話してたら、若い先生が来て俺の傷を見て、すぐに隣の処置室に戻っていった。そして叶恵さんが来たんだ」
人気俳優に突然極上の声で名前を呼び捨てにされて、誰が平静でいられるだろう。
蓮がドキュメンタリー番組のナレーションをするほど声もいいことを、叶恵はこの瞬間まですっかり忘れていた。
というより、蓮は意図してこの声を今まで出さなかったのではないだろうか。
おそるおそる蓮の様子をうかがうと、まるでいたずらっ子のような意地悪な笑みを浮かべて叶恵を見ていた。
やっぱりわざとだと確信すると同時に、蓮がとんでもないことを言いだした。
「あ、そうだ。罰ゲームつきにするってのはどう? 叶恵が俺に敬語使ったら、お詫びのキスをしてもらう。反対に俺が敬語使ったら、俺が叶恵にごめんってキスをする」
「な、何を言ってるんですか」
「あー、今敬語使ったよね。お詫びのキスしてくれる?」
「山内さん、酔ってますよね?」
「いいや。至ってシラフ。まだ一口しか飲んでないもん。仕方ない、今のはノーカウントにしてあげるよ。あ、それとも逆にする? 叶恵が敬語使うごとに、俺がキスするってのもありかな」
全然ありじゃない。
蓮は日常生活どころか、心臓まで破壊する気だろうか。
「叶恵はどっちがいい? する? される? 好きなほうを選ばせてあげる」
「どっちも嫌なので、敬語は使わない。これでいい?」
「そこでうっかり『いいですか』って言ってほしかったな」
と、本気で残念そうな顔をする。
日ごろ綺麗な女優さんに囲まれて仕事をして、相手は選りどり見どりのはずだ。
何も今日知り合ったばかりの自分をからかわなくてもいいのに。
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
「私をからかって、楽しいですか」
「からかってなんていないよ」
「だったらキスとかそんなこと言うの、やめてください。あなたには何でもないことかもしれないけど、私には簡単にできることじゃないんです。おやすみなさい」
立ち上がって部屋に戻ろうとすると、腕を掴まれた。
「からかわれたと思ったんなら謝る。本当にごめん。俺、かなりうかれてた。だから、そういうつもりはまったくなかったんだ。お願いだから、もう少しだけ一緒にいてくれないかな?」
真剣な声音に毒気を抜かれ、叶恵はソファに座りなおす。
「本当にごめん」
「からかうつもりじゃなかったのなら、もういいです。でも、初対面の有名俳優にそんなこと言われたら、誰でもからかわれてると思います。私の気持ちも分かってください」
「実はね、叶恵さんと俺、初対面じゃないんだよ」
「え?」
蓮とどこかで出会っただろうか。
記憶を頭の隅から隅まで探してみるが、どこにもその欠片は見つからない。
「本当に、お会いしたことがありますか。山内さんの勘違いとかじゃなくて?」
「勘違いじゃないよ。やっぱり覚えてなかったか」
「はい。ごめんなさい」
「いや、でも、あの状況だと覚えてなくても当然かな。これ、見てくれる?」
蓮が前髪をかき上げ、額の右側の髪の生え際を指す。
そこにはうっすらと4センチほどの傷跡があった。
それを見て、一瞬何かが脳裏をかすめる。
有名人が来たという噂。
でも自分は手一杯で気にする余裕がなくて……。
「たしか2年前の今頃だったかな。この近くで映画の撮影してるときにケガをして、叶恵さんの病院に行ったんだ。隣の処置室はすごく忙しそうで、時間がかかりそうだったからほかの病院に行ったほうがいいかもってマネージャーと話してたら、若い先生が来て俺の傷を見て、すぐに隣の処置室に戻っていった。そして叶恵さんが来たんだ」