人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
6
少しずつ、記憶が甦ってくる。
深夜零時を回ったころ、交通事故の患者が2人搬送されてきた。
1人は意識不明で挿管して様子見、もう1人は外傷と骨折が数ヶ所。
念のため頭部CTをオーダーしたとき、後輩のドクターが駆け込んできたのだ。
隣の患者さんの縫合をお願いします、自分より高崎先生の方が上手いですから、と。
縫合ぐらい自分でしなさいよと文句を言いながら、隣の処置室に行って……。
「思い出した。たしか隣の処置室の後輩に、患者さんの縫合を頼まれて……」
「そうそう。俺の傷を縫ってる途中で隣の患者さんが急変したみたいで、縫うだけ縫ったらさっさと隣に戻っていったから、覚えてなくても当然だよ。それにかなり血まみれだったから、俺だってことも分かってなかったでしょ」
叶恵は素直に頷いた。
あのときは隣の患者のことが気になっていて、なぜ後輩が自分に縫合を頼んできたのか、深く考えもしなかった。
蓮が言ったように途中で隣が慌ただしくなったから、傷を縫ったあとの処置は後輩と交代したはずだ。
ただ、交通事故の患者の処置が終わって落ち着いてから、その後輩に言われたのだ。
あれは絶対に山内蓮だった、先生はどうして気づかなかったのか、と。
気づくはずがない。
隣のことが気になって、傷口しか見ていなかったのだ。
縫合しながらめまいや吐き気がないことを確認はしたが、じっくり顔を見る余裕はなかった。
「翌日もう1回病院に行ったんだけど、叶恵さんには会えなくて。今さらだけど、あのときは本当にありがとうございました」
「そんな、当然のことをしただけですから」
改まってお礼を言われても、逆に困る。
あそこにいたのが蓮だろうが誰だろうが、同じことをしたのは間違いない。
だってそれが自分の仕事だから。
「翌日診察してくれた院長先生が、傷痕を見て褒めてたよ。綺麗に縫われてるから、痕はほとんど目立たなくなるだろうって。実際、よく見ないとわからないでしょ」
そういえばと、次々にあのときの記憶が甦ってくる。
その日、わざわざ院長から内線がかかってきたのだ。
「昨日の頭部外傷の患者さん、先生に診察頼もうと思ったんだけど、午前中オペに入ってたでしょう。だから代わりに僕が診察しておいたよ」
「そうですか。わざわざご連絡ありがとうございます。大丈夫でしたか」
「うん。問題なし。彼が先生にお礼言っておいてくれってさ。で、先生は来週の土曜日って出勤だっけ? 彼の診察、頼める?」
「申し訳ありません。私、その日は学会なんです。ほかの先生に頼んでもらえますか」
「そうか。それなら仕方ないね」
そういう事情で蓮とは最初の処置の時しか会っていないのだから、覚えていなくて当然だろう。
「そういうわけで俺、2年前と昨日と、2回も叶恵さんに助けてもらったんだ。それで1人で運命感じてうかれてた。だから本当に、からかうつもりとか全然なかったんだ。不愉快な思いさせてごめん」
「もう謝らないでください。でも、運命なんて大げさですよ」
「大げさじゃないよ。少なくとも俺にとっては」
蓮の声のトーンが変わり、ハッと顔を上げると、連の視線に搦めとられた。
まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように、叶恵は蓮の視線から逃れられなくなる。
「あのとき叶恵さんに会ってから、叶恵さんのことがずっと忘れられなかった。でも仕事が忙しかったし、人前に出る仕事をしてる俺が会いに行っても迷惑かなって考えて、ずっと動き出せなかった。昨日この近くで飲んでたのだって、一目でいいから叶恵さんに会いたくて、そんな都合のいい偶然があるわけないって思いながらも、ほんのわずかな可能性に賭けてみたんだ」
「……」
「正直、こんな偶然できすぎだって俺も思ってる。まさかずっと会いたいと思ってた人の家の前で行き倒れてたなんて、どう考えてもありえないよね。でも、だからこそ運命を感じたんだ」
いったい何を言われているのだろう。まるで山内蓮主演のドラマを見ているようで、まったく現実感がない。
蓮が言っている言葉の意味は分かるけれど、それが自分に向けられている言葉として受け入れられない。
「今日の昼過ぎに目が覚めて、國吉さんと絹江さんと話して、ここが叶恵さんの家だって分かったときの俺の衝撃、分かる? 昨日醜態を見せてしまった情けなさと、確実に叶恵さんと知り合える喜びで、頭の中がぐちゃぐちゃだったよ」
頭の中がぐちゃぐちゃなのは自分の方だ。
叶恵は何も言葉を返せず、グラスのビールを再び飲み干す。
それが今の自分にできる唯一のことだと信じて。
「ねえ、叶恵さん。絹江さんに聞いたんだけど、今は付き合ってる人いないんだよね?」
言葉が出てこないので代わりに頷くと、蓮は破顔した。
「よかった……。俺、叶恵さんのことが好きです」
「‼」
深夜零時を回ったころ、交通事故の患者が2人搬送されてきた。
1人は意識不明で挿管して様子見、もう1人は外傷と骨折が数ヶ所。
念のため頭部CTをオーダーしたとき、後輩のドクターが駆け込んできたのだ。
隣の患者さんの縫合をお願いします、自分より高崎先生の方が上手いですから、と。
縫合ぐらい自分でしなさいよと文句を言いながら、隣の処置室に行って……。
「思い出した。たしか隣の処置室の後輩に、患者さんの縫合を頼まれて……」
「そうそう。俺の傷を縫ってる途中で隣の患者さんが急変したみたいで、縫うだけ縫ったらさっさと隣に戻っていったから、覚えてなくても当然だよ。それにかなり血まみれだったから、俺だってことも分かってなかったでしょ」
叶恵は素直に頷いた。
あのときは隣の患者のことが気になっていて、なぜ後輩が自分に縫合を頼んできたのか、深く考えもしなかった。
蓮が言ったように途中で隣が慌ただしくなったから、傷を縫ったあとの処置は後輩と交代したはずだ。
ただ、交通事故の患者の処置が終わって落ち着いてから、その後輩に言われたのだ。
あれは絶対に山内蓮だった、先生はどうして気づかなかったのか、と。
気づくはずがない。
隣のことが気になって、傷口しか見ていなかったのだ。
縫合しながらめまいや吐き気がないことを確認はしたが、じっくり顔を見る余裕はなかった。
「翌日もう1回病院に行ったんだけど、叶恵さんには会えなくて。今さらだけど、あのときは本当にありがとうございました」
「そんな、当然のことをしただけですから」
改まってお礼を言われても、逆に困る。
あそこにいたのが蓮だろうが誰だろうが、同じことをしたのは間違いない。
だってそれが自分の仕事だから。
「翌日診察してくれた院長先生が、傷痕を見て褒めてたよ。綺麗に縫われてるから、痕はほとんど目立たなくなるだろうって。実際、よく見ないとわからないでしょ」
そういえばと、次々にあのときの記憶が甦ってくる。
その日、わざわざ院長から内線がかかってきたのだ。
「昨日の頭部外傷の患者さん、先生に診察頼もうと思ったんだけど、午前中オペに入ってたでしょう。だから代わりに僕が診察しておいたよ」
「そうですか。わざわざご連絡ありがとうございます。大丈夫でしたか」
「うん。問題なし。彼が先生にお礼言っておいてくれってさ。で、先生は来週の土曜日って出勤だっけ? 彼の診察、頼める?」
「申し訳ありません。私、その日は学会なんです。ほかの先生に頼んでもらえますか」
「そうか。それなら仕方ないね」
そういう事情で蓮とは最初の処置の時しか会っていないのだから、覚えていなくて当然だろう。
「そういうわけで俺、2年前と昨日と、2回も叶恵さんに助けてもらったんだ。それで1人で運命感じてうかれてた。だから本当に、からかうつもりとか全然なかったんだ。不愉快な思いさせてごめん」
「もう謝らないでください。でも、運命なんて大げさですよ」
「大げさじゃないよ。少なくとも俺にとっては」
蓮の声のトーンが変わり、ハッと顔を上げると、連の視線に搦めとられた。
まるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のように、叶恵は蓮の視線から逃れられなくなる。
「あのとき叶恵さんに会ってから、叶恵さんのことがずっと忘れられなかった。でも仕事が忙しかったし、人前に出る仕事をしてる俺が会いに行っても迷惑かなって考えて、ずっと動き出せなかった。昨日この近くで飲んでたのだって、一目でいいから叶恵さんに会いたくて、そんな都合のいい偶然があるわけないって思いながらも、ほんのわずかな可能性に賭けてみたんだ」
「……」
「正直、こんな偶然できすぎだって俺も思ってる。まさかずっと会いたいと思ってた人の家の前で行き倒れてたなんて、どう考えてもありえないよね。でも、だからこそ運命を感じたんだ」
いったい何を言われているのだろう。まるで山内蓮主演のドラマを見ているようで、まったく現実感がない。
蓮が言っている言葉の意味は分かるけれど、それが自分に向けられている言葉として受け入れられない。
「今日の昼過ぎに目が覚めて、國吉さんと絹江さんと話して、ここが叶恵さんの家だって分かったときの俺の衝撃、分かる? 昨日醜態を見せてしまった情けなさと、確実に叶恵さんと知り合える喜びで、頭の中がぐちゃぐちゃだったよ」
頭の中がぐちゃぐちゃなのは自分の方だ。
叶恵は何も言葉を返せず、グラスのビールを再び飲み干す。
それが今の自分にできる唯一のことだと信じて。
「ねえ、叶恵さん。絹江さんに聞いたんだけど、今は付き合ってる人いないんだよね?」
言葉が出てこないので代わりに頷くと、蓮は破顔した。
「よかった……。俺、叶恵さんのことが好きです」
「‼」