夏がくれた奇跡
 とにかく今、この状況で言いたいことはひとつだけ。


 ……なんか、思ってたのと、違う。


「あ、動いた。よかった、生き返った」

「いや死んでないから」


 思わずツッコミを入れる。


 すると何がおかしいのかひとりでお腹を抱えて笑っていたが、ふいに俺の目をまっすぐに見つめてきた。


「私、ずっと前から君のこと気になってたの」


 ……お? 少し出遅れたもののこれはもしや、と期待して胸が高鳴る。


「素材がいいなって」

「……は?」

「ちょっと顎引いて」

「え、ちょ」


 困惑する俺には構わず、今度はわけのわからない指示をしてくるさくら。俺はただただ勢いに乗せられて、言われた通りに動く。


「はい、今度はこの辺見て。いやもっと下。もっと右! あと一歩下がって。はい、おっけー!」


 またカシャッという音が響いた。


「わぁ〜最高! ありがとう。また撮らせてもらうね!」

「え、あの!」


 引き止めようとしたが、彼女は言いたいことだけ言うと、足早にいなくなってしまった。


 俺はただ呆然とその場に立ち尽くす。なぜか体にどっと疲れが来た。


「これは夢。今のは俺の妄想だ」


 そう自分に何度も言い聞かせる。


 ぶつぶつとつぶやきながら、帰り道を歩く高校生男子はきっと傍から見れば不審者だっただろう。
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