夏がくれた奇跡
「私がいなくて寂しかった? 寂しかったでしょ?」

「さあどうだろうな」


 ふっと鼻で笑って答えると、さくらがなにやら騒ぎ出した。


「うわ、最低。こんな男嫌い」

「あっそ。そのあと『やっぱり嘘。世界で一番好き』って言うんだろ」

「そ、そうだけど! 君、無駄に私の声真似上手くなってるの、余計にムカつく」


 頬を膨らませる彼女の髪をわしゃわしゃと撫でる。


 彼女がいなかった一年間よりも、今この瞬間のほうが、ずっとずっと楽しくて、愛おしくて。


 なんだか無性に泣きたくなった。


 離れた場所にいる人を想うのは辛い。そんなことわかっていたはずなのに、な。


 そうして俺たちはこれから訪れる別れのことは決して口には出さず、ただただ会えなかった時間を埋めるように寄り添っていた。


 だがあっという間に時は過ぎて、夕暮れはやってくる。


 彼女は赤々と燃える夕焼け空を見上げて、震える声で呟いた。


「……そろそろ、行かなきゃ」


 ──彼女は泣きながら、笑っていた。


 夕焼け色した綺麗な涙を流して、無理やり
口角を吊り上げて。


 その横顔は今にも消えてしまいそうなくらい、儚げな美しさを纏っていた。
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