捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
ーーこの香り、どこかで嗅いだことがあるかも。どこだったかなぁ。
「何これ、すっごく美味しい! それになんだろう、リンゴみたいな匂いがする」
「でしょでしょ。この花はね、カモマイルって言う薬草でね。香草にもなるし、ティーにもできるしー」
「あっ、カモミールのことね。それなら知ってる。田舎のおばあちゃんに教えてもらったことある」
「さっすが聖女様~」
「いやいや、元いた世界にもよく似た花があっただけだから」
「へ~、そうなんだぁ」
フェアリーの説明で、どうやらカモミールとよく似た花だとわかり、花を育てるのが好きだった田舎の祖母のことを思い出す。
父方の祖母は、私が小学三年生の頃病気で亡くなっている。
だから元いた世界に戻れたとしても、もう会うことは叶わない。
本来なら、地震に巻き込まれて生涯を終えている私も、祖母らがいるのだろうあっちの世界に行っていたんだろう。
そうしたら、会えていたのかなぁ。
ふとそんな考えが脳裏に過ったときのことだ。
春のあたたかな優しい風がそよそよと吹いてきて、鉄の錆びたような妙な匂いが微かに鼻先を擽った。
以前いた世界でなら、特に気にもならなかっただろうが。
この異世界では滅多に嗅ぐことのできない匂いだ。
ーーなんだろう。この匂い。それになんだろう? 胸がザワザワする。
異世界に召喚されてからこの一月の間で、薬草を探すのにオーラが見えるだけでなく、もう一つ備わっていたものがある。
それは以前と比較にならないほど鼻がきくようになったことだ。
「ねぇ、フェアリー。なんか変な匂いしない?」
「そう? 特に何も匂わないけど」
「あっ、風向きが変わったのかな? 匂いが強くなった。ちょっと見てくるね」
「え? ちょっと、待ちなさいよー!」
鼻がきくだけでなく、なんだか妙な胸騒ぎを感じてしまった私は、いても立ってもいられなくなってしまう。
気づけば、匂いが漂ってくる方へと駆けだしていて。
焦ったフェアリーが小さな羽をせわしなく羽ばたかせて後を追ってくる気配を背後で感じながら、うっそうと茂っている精霊の森のなかへと入ってすぐ、眼前に姿を現した大きな木の幹と幹の間に丸くなって横たわっている子犬の姿が目に飛び込んでくるのだった。