捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
不思議な香りとお婆さん
道ばたで蹲る女性の元に駆け寄ろうとして、なにやら不思議な匂いに鼻腔を擽られた。
ーーん? なんだろう?
色んな薬草の匂いが混ざりあったような、この、様々な薬品を扱う病院を彷彿とさせるような独特な匂いは。
もしかして、鼻が利きすぎているせいで、どこかから漂ってくるのが匂ってるだけだろうか。
ふとそんなことを頭の中でめまぐるしく展開していると、レオンの「お嬢様!」と呼ぶ大きな声が思考に割り込んできた。
我に返り足下の女性の様子を窺うと、蹲っているというよりは、どこからどう見ても、力尽きて倒れ込んでいるようにしか見えない。
私は大慌てで女性の元に座り込み、背中を揺すって大きな声を放ってみた。
「お婆さん、大丈夫ですかッ!」
すると弾かれたように蒼白い顔を上げた、見たところ六十代後半ほどに見える女性は、酷く驚いた表情でこちらを凝視している。
そこで私はハッとした。
真っ黒のローブを頭からスッポリと被っており、そこからは白髪交じりの長い髪が覗いていたため、その見た目から、『お婆さん』なんて呼んじゃったけれど、もしかしたら、気を悪くさせてしまったのかもしれない。
そう思ったからだ。
「あっ、あの。ごめんなさいッ。初対面でいきなり『お婆さん』だなんて、失礼にもほどがありますよね。本当にごめんなさい」
女性の前で地面に両膝をつき、深々と頭を下げて謝罪する私に、今度は女性の方がハッとし、やっぱり同じように大慌てで声を出す。
「あっ、いえ。とんでもないッ。あたしゃご覧の通り、お婆さんですよ。だから、頭をお上げくださいな。お嬢様」
同時に、膝に添えていた私の手を痩せ細って筋張った両手で包み込んでくる。
「あら、若いお嬢様の手は綺麗で若々しいわ。小さくて肌もすべすべしてるし」
そうして少し丸みのあるふっくらとした顔を皺くちゃにして、ニッコリと柔らかな笑みで微笑んでくれている。
その柔和な笑顔を見ているだけで、ひどく懐かしい心持ちになってきて、胸までがぽかぽかとあたたかくなってくる。
ーーあれ、なんだろう? この匂い。さっきとは違った甘い香りがする。
そう感じたのを境に、なんだか身体がふわふわとするような、そんな奇妙な心地に包まれた。
包み込んでくれているお婆さんの顔同様の皺まみれのあたたかな手が、花が好きで、よく土いじりをしていた祖母の手によく似ていたからかもしれない。
「……」
そのせいか、お婆さんの笑顔をぼんやりと見つめたまま動けないでいる私に、お婆さんの優しい穏やかな声音が耳を擽りはじめた。