捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
ーーけれど、なんだろう。
身体だけじゃなく、頭までふわふわとしていて、鼓膜にフィルターでもかかっているかのような、どこか遠くの方で声がするような妙な感覚がする。
まるで催眠術にでもかけられているような心地だ。
「あー、さっき驚いたのは、大抵の者が素知らぬ顔で通り過ぎていくなか、お嬢様だけが、こうして駆け寄ってくださったので、驚いただけですよ。ご安心くださいな。それに、腰が曲がっているだけですから、ご心配には及びませんよ」
「……そうでしたか」
「ですが、困ったことに足が悪いので、王都にある家の近くまで送っていただけると有り難いのですが。よろしいでしょうか?」
「どうーー」
『どうぞどうぞ喜んで』
あたかも誘導でもされているかのように口から勝手に言葉が零れ落ちていこうとしたところで。
「お嬢様。どんどん先に行かれては困りますッ!」
馬から下りて追いかけてきたレオンに強い口調で咎められると同時に、両肩を掴まれたことによって、パチンッと弾けるようにしてようやく正気に戻ることができたのだが。
レオンに再度かけられた「お嬢様?」という声に振り返った私の口からは、
「ああ、レオン。ごめんなさい。このお婆さんのこと、王都の近くにある家まで送ってあげたいんだけど、いいわよね?」
そんな言葉が無意識に放たれていたのだった。
けれど不思議なことに、言い終えてしまった直後には、さっきまでの可笑しな感覚は跡形もなく霧散しており、その時の記憶もなんだか曖昧だ。
まるで束の間の夢か幻でも垣間見たかのような、そんな不可思議な感覚を覚えたが、数秒もすればその記憶さえも消え失せていた。
隣国の貴族のご令嬢に扮した私に仕えている執事仕様のレオンは、ほとほと呆れたというように、こめかみを右手で押さえるという小芝居まで披露してくれている。そこに。
「……お嬢様の気まぐれには毎回驚かされてきましたが。今日はまた一段とお節介が過ぎますね。とはいえ、一度言い出したら私めの言葉など聞き入れてくれませんものねえ。畏まりました。送って差し上げますとも。さーさ、お嬢様、そこのご婦人も、どうぞこちらへ」
嫌みったらしいお小言まで加わっているという徹底ぶりだ。
胸に片腕を宛がい恭しく頭を垂れている完璧な執事ぶりのレオンに促されるまま、私とお婆さんは馬に乗り、レオンは馬の手綱を引いて進路を先導するようにして歩みを進めていく。
こうしてよくわからないうちに、王都までもう一時間ほどで到着というところで、旅のお供にお婆さんが加わったのである。