捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
ーーあの狼って獣人だったんだ。へえ、この世界には妖精だけじゃなくて、獣人までいるんだ。
こんな時だというのに、そんな呑気なことを思っていると、大きな狼ーー獣人がこちらにゆっくりと近寄ってきて、なぜか私の眼前で立ち止まった。
何事かと見上げた瞬間、その獣人がレオンの姿へと豹変してしまう。
「ーーッ!?」
ーーええッ!? も、もしかして、さっきの獣人ってレオンだったの?
仰天していると、レオンの優しい声音が降ってくる。
「ノゾミ、もう大丈夫だよ」
かと思えば、私は執事仕様のレオンによって見る間に横抱きにされてしまっていた。
ちょうどその時、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡るなか。
「クリス様!?」
二、三メートルほど離れたところから驚愕に満ちた男性の声が響き渡った。
その声にビクッと僅かに身体を強張らせたレオンの、その時の顔が、とても悲しげで、私の胸はキュッと締め付けられてしまう。
おそらく、レオンの素性を知る人なのだろう。
そしてレオンもきっとそのことに気づいているのだろう。
もしかしたら、レオンは記憶を取り戻したのかもしれない。
ーーどうやらお別れの時は、もうそこまで迫っているようだ。
そう悟った途端に、言いようのない寂しさが込み上げてくる。泣き出してしまいそうになった私は、それをなんとか堪らえようと、レオンの身体にぎゅっとしがみついた。
どうやらそれをレオンは勘違いしたようで。
「ノゾミ? 僕のことが怖いの?」
そう聞き返してきたレオンの声はとても悲しげだ。
ーー確かにビックリしちゃったけど、怖くなんかない。どんな姿であろうと、レオンであることには違いないのだから。
キッパリとそう答えてあげたいのに、それを阻むように、喉奥から熱いものが込み上げてきてしまう。
今、何かを口にすれば泣いてしまいそうだ。
私は、返事の代わりに、ふるふると幾度も幾度も首を振って意思表示することしかできないでいた。
そうしている間にも、レオンは私を抱えたまま薄暗い路地裏へと逃げ込むようにして駆け込んでいた。
それからほどなくして、辿り着いた宿屋の一室へと、たった今、レオンとともに足を踏み入れたところだ。