捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
レオンの正体
元いた世界のビジネスホテルほどの広さの質素な部屋には、小さな四角いテーブルとふたりがけのソファ、それから木製のベッドが二台並んでおかれている。
宿屋の主にこの部屋に案内されてからというもの、私はさっきの騒動などまるでなかったかのように、一切触れずにいた。それらは。
もしかしたら、レオンが記憶を取り戻したかもしれないだとか……。
もしかしたら、明日にでも家族が待っているであろう隣国に帰ってしまうだとか……。
そういうことから目を背けるための現実逃避に他ならない。
そんなことがいつまでもまかり通るはずがなかった。
レオンは部屋に入ってからずっとソファに腰を落ち着けて難しい表情で何かを考えているようだ。
私はといえば、手持ち無沙汰を解消するためにも、ベッドの上に、さほど多くもない荷物を鞄から引っ張り出しては、入れ直したり、服を畳み直したりを繰り返していた。
するとそこに、ずっと暗い顔で押し黙ったままだったレオンから唐突に声をかけられてしまい、たちまち鼓動が嫌な音を立てはじめる。
「……やっぱり、ノゾミも僕のことが怖いんでしょう? だからさっきからそうやって気を紛らわせようとしてるんじゃないの?」
けれども見当違いなものだったために、拍子抜けしてしまった私は、慌てて背後に振り返ろうとして、バランスを崩し、ベッドからすっころびそうになってしまう。
「キャッ!?」
「ノゾミッ!?」
それをいち早く察知したレオンが目を見張る速さで駆け寄ってきて、私の身体を抱き留めてくれたことにより事なきを得た。
「ノゾミ、大丈夫? ケガはない?」
「う、うん。ありがと。レオンのお陰でこの通り、なんともないから」
「よかった。本当に。ノゾミが無事で良かった」
心配するレオンに、明るい声で元気よく応えると、レオンは心底安堵したように、噛みしめるようにして言葉を紡ぎ出し、そのままぎゅっと私のことを胸に抱き寄せたままでいる。
おそらく、今のことも含めて、はぐれた私が無事だったことに、心から喜んでくれているのだろう。
そう思うと、心がぽかぽかとしてきて、幸せな心持ちになってくる。
もうこのままずっとレオンとこうしていたい。そんなことを願ってしまう。
ーーダメダメ。そんなことより、早くレオンの誤解を解かなくちゃ。
「ねえ、レオン。私は全然平気だから。それより、さっきの話だけど。私、レオンがどんな姿であろうが、全然怖くなんかないからね? だって、レオンはどんな姿であろうとレオンなんだもん」
なんとか誤解を解こうと声を紡ぎ出した刹那。
私のことを胸に抱き留めていたレオンが物凄い勢いで顔を上げてきて、私のことを瞠目してくる。
そうして数秒ほどすると、今度はむぎゅうっとさっきよりも強い力で抱きすくめられてしまう。