捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
聖女の力
レオンが姿を消してしばらくすると、家の周辺にいる男らがにわかにざわめきはじめた。
けれどもここからではその様子を見ることができないので、どうにも落ち着かない。
ドクドクと嫌な音を立て続ける胸をギュッと手で抑え、堪えしのぐことしかできないでいた。そこへ。
「お嬢様、こちらをご覧ください」
ソフィアさんが、掌サイズの手鏡のようなものをこちらへ差し出してくる。
ーーこんな時に手鏡なんてどうするつもりだろう。
「なんですか?」
「覗いてみればわかりますよ」
ソフィアさんのことを訝しげに見遣っていると、覗くよう促され、恐る恐る覗き込んでみる。
するとそこには、狼の獣人姿で剣を構えるレオンと縄で拘束されたルーカスさんの姿が映し出されていた。
「ええッ!? レオン? それにルーカスさんまで。あれ、でも、フェアリーとピクシーがいない」
どうやらこれもソフィアさんの魔法であるらしい。
驚いたのも束の間、ふたりの姿が見えないことに動揺する私に、ソフィアさんから再び放たれた声により。
「この隅をご覧ください」
フェアリーは部屋の隅に置かれた鳥かごに閉じ込められ、ピクシーはその脇に、ロープで縛り上げられていることが確認することができ、とりあえず無事であるとわかり、私は安堵の息を漏らした。
と、その時、あの我儘王太子の声が意識に割り込んできて、
「この男がどうなってもいいのか? 一歩でも動いてみろ。その時はこの男の首をはねる」
私はハッとし息を呑んだ。
慌てて手鏡を覗き込むと、召喚され追放された際にも見かけた、あの恰幅のいいおじさんを片手で制しているレオンが、ルーカスさんに剣先を向けた王太子の言葉に動きを止める様が映し出された。
そこへ再び王太子の声が放たれる。
「その剣をこちらに渡してもらおうか?」
レオンは王太子を見据えたまま押し黙っている。
数秒間沈黙が流れ、痺れを切らした我儘王太子が苛立った声を放った。
「おい、さっさとしろッ!」
「わかった」
それに返答を返したレオンが指示に従い足元に剣を投げ捨てる。
周辺の男らが駆け寄りレオンに縄を打ち、王太子の目前で跪かせた。
するとレオンのことを蔑むようにニヤリとした表情で見下ろした王太子が可笑しそうに吐き捨てる。
「お前があの有名な、モンターニャ王国の汚点ともいうべき、獣人の血を継ぐ第二王子のクリストファー・パストゥールか。忌々しい蛮族が王子とは笑えるな」
「フンッ。どうとでもいえばいい」
レオンは、王太子に何を言われようと、特段気にもとめてないというように、相手にはしていないようだ。
「そんな口をきけるのも今のうちだ。我がマッカローン王国が支配下に置けば、お前などただの獣だ」
けれど自国を支配下に置くという言葉には、黙っていられなかったのだろう。
「そんなことはさせない。聖女であるノゾミだって絶対に渡さない。この命に代えても絶対に」
レオンは王太子のことを正面から見据え、鋭い眼光を放ちつつ、低い声を響かせた。
その言葉を耳にした刹那、私の胸がぐっと熱くなる。
けれどそんな些細なことに感激している私の邪魔でもするかのようなタイミングで。
「ハハハッ、できるものならやってみるがいい」
馬鹿にした笑みを零し言葉を吐き捨てた王太子がレオンのことを蹴り上げようとして、レオンが器用に身をかわす。