離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです

『初めてなんだよ。こんなに〝失いたくない〟って思ったの……』

 箱の中に畳んだ離婚届をそっと置き、ひとりごちる。

 俺が、ひとりの女性に執着を覚えた記念。人間らしい感情が戻ってきた記念。

 いつか佳乃にも、この箱を開けて見せ、俺のルーツを話そうと思う。

 お見合いの時の直感を信じてよかった。佳乃は本当に、俺にとって唯一無二の人だ。

 彼女と初めて結ばれた夜は、自信満々にそう思っていたのに――。


「なにをボケッとしてるんだ、追えよ馬鹿」

 司波に叱咤されたその時、自分でも同じことを思ったのに、足が動かなかった。今まで、幾度となく経験した別れのシーンが、頭の中に浮かんでは消える。

「大丈夫ですか? 柳澤さん」
「……あ、ああ」

 花純ちゃんに顔を覗かれ、ハッと我に返る。とっさに口角を上げたつもりだが、呆れたように司波が言う。

「それが平気なヤツの顔かよ。いったん座って落ち着け」

 司波に無理やり肩を押されて、ダイニングの椅子に腰を下ろす。司波と花純ちゃんも並んで向かい側に腰かけ、俺が口を開くのを待っている様子だ。

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