離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです

 誰だ……? 

 困惑しているうちに、リビングダイニングのドアから誰かが出てくる。その人物が意外過ぎて、俺は思わずぎょっとした。……なぜ、母がここに。

 後を追うように出てきた佳乃と目が合うと、彼女はぷいと顔を背ける。ズキッと胸に痛みが走り、また自信が失われていく。

 こんな調子で、きちんと話し合えるだろうか。佳乃はすでに俺を見限っているのでは?

 不安から、つい関係のない母にまでそっけなく当たる。しかし母は軽く受け流し、佳乃に挨拶をして出ていった。なんの用だったのか気になるが、それは後回しだ。

 しんと静まり返る廊下に、佳乃とふたりきり。手を伸ばしても届かない微妙な距離で、お互い沈黙する。

 佳乃は俺と目を合わせる様子もなく、廊下の端で身を硬くしている。その態度は俺との話し合いを拒否しているようにも見え、だんだんと弱気になった。

 誰にも引き留めてもらえなかった子どもの頃の俺のように、遠距離恋愛を却下された、高校生の俺のように……あきらめが静かに、心を満たしていく。

 佳乃はもう、俺と離れたがっているのかもしれない。司波のように『待ってろ』なんて、やっぱり俺には言えない――。

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