離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです
こんなに感情をあらわにする彼女を見るのは初めてだ。悲しませているというのに、心のどこかで嬉しかった。
俺がいなくなると、こんなに取り乱す人がいる――。
散り散りになっていた自分の存在意義が再びゆっくりと集まってきて、胸を温める感覚がした。
……素直になっていいのだろうか。
半信半疑に思いつつも、踏ん切りがつかずに彼女を諭す。
「佳乃、勢いで決めちゃダメだ」
「だって、真紘さんと離れたくない! 離婚もしたくない……っ!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、佳乃が訴えた。俺の服をギュッと掴んで顔をこすりつけ、小さな肩を小刻みに震わせる。
きゅ、と胸の奥がつねられたように痛み、おそるおそる伸ばした手を、そっと彼女の頭に置いた。
「……そんなこと言ってくれたの、佳乃が初めてだ」
心の声が、そのまま漏れた。佳乃が不思議そうに顔を上げ、潤んだ瞳に俺を映す。
俺は、こんな風に誰かに泣いてほしかったんだ。俺がいないと寂しいって思ってくれる人と、出会いたかったんだ、ずっと。
それはやっぱり、佳乃、きみだった。
「ごめんな」
頭に置いていた手を彼女の頬に添え、優しく顔を引き寄せる。涙で濡れた桜色の唇に、そっとキスを落とした。
「しょっぱい」
「……ごめん、なさい」
「謝らなくていい。佳乃は、俺を助けてくれたんだ。ありがとう。今日のキスの味、絶対に忘れない」
ギリシャに行って、きみと離れても……今日のことを思い出せば、俺はもう大丈夫。
俺は彼女をギュッと抱き寄せ、やわらかな髪に顔を埋める。
嗅ぎ慣れた甘い香りに愛しさと切なさの両方を覚えつつ、俺は長い間佳乃の温もりに浸っていた。