離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです
五月三十一日、夜十時前。羽田空港の国際線ターミナルで、私はアテネに旅立つ彼を見送った。
「体に気をつけて、行ってらっしゃい」
「ああ。佳乃もね」
涙の別れは家を出るまでに済ませたが、私の目はまだ腫れている。真紘さんはそっと私の目元に触れて苦笑し、その場所に癒すようなキスを落とした。
キスは本当に、これで最後……。
そう思うとぐっと喉の奥が熱くなるが、彼を困らせてはいけないとなんとか涙をこらえる。
「じゃ、時間だ」
腕時計に目を走らせた彼が言うと、胸が途端に寂しさに襲われる。心細いのをつい顔に出したら、彼がそっと私の耳元に屈んだ。
「Σε σκέφτομαι συνέχεια.」
な、何語……!?
目をぱちくりさせる私にクスッと笑って、真紘さんはくるりと背を向ける。そして、保安検査場の入り口ゲートを通過してから、振り返って言った。
「次に会った時に教えてあげる」
ええっ? 気になるよ……!
思わず声に出したくなったが、彼の姿はたくさんの旅行者やビジネスマンたちに紛れてあっという間に見えなくなった。
行っちゃった……。肩を落として、踵を返す。
飛行機が発つのを展望デッキから見送ろうかとも思ったが、明日も平日で仕事。見送りはいいから早く帰るよう、真紘さんに言われている。