離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです
「心配してくれてありがとう。大丈夫よ。さすがに直接的なセクハラはないし、服装の件も、やんわり異議を唱えたら受け入れてくれたわ」
雨音さんは気丈に笑ったけれど、私には強がっているように見えた。
「でも、専務自身の人間性がすぐに変わるとは思えません。だいたい、社長の息子ってだけでどうしてあんな人が専務なんでしょう? 常務の方がよっぽど人間ができて――」
「よ、佳乃ちゃん、ストップ……!」
徐々にヒートアップしてきた私を窘めるように、雨音さんが人差し指を立てて口もとに当てる。
しかし、時すでに遅し――。
「わかるわ~。親の七光りってやつだよな」
「そうそう、まさにその通……り」
聞こえてきた声の主に心当たりがありすぎて、私はサッと顔から血の気が引くのを感じた。雨音さんは〝あちゃ~〟と言いたげに額を手で押さえている。
まさか、まさか……。
信じたくないと思いつつ、ぐぎぎ、と首を動かすと、受付カウンターに肘をついてこちらを見据える、天馬魁人専務その人がいた。自慢の精悍な顔立ちが、心なしか歪んでいる。