美琴ちゃん、大丈夫?
「…由月。」



時山くんは抱き留めていた手をパッと離して階段の上にそっと私を寄せると、



「左端を歩いたほうがいいよ」



と、目を合わせずに言って階段を降りていく。







…あ


行っちゃう





時山くんが栗色の猫っ毛を揺らして、長谷川さんの元へ行こうと階段を足早に降りていく。






…行かないで




時山くん、行かないで









長谷川さんがこちらを見ながら「どうしたの?」と聞くと、時山くんが「ぶつかっちゃって。行こ。」と言って長谷川さんの横を通りすぎて先を歩いていく。




呆然とする私を長谷川さんが見上げて、きれいな微笑みを浮かべて言った。



「柊さん。おめでとー」



「…、」







私の返事を待たずして、長谷川さんも踵を返して小走りで時山くんの隣に着くと、2人並んで歩いていく。





さっきまでの時山くんの温もりと、2人並んだ背中の映像が


私の中でぐちゃぐちゃになって、


訳わからないまま私の胸をギリギリと痛めつける。







時山くん。



私、付き合ってないよ。



キヨマサくんと、付き合ってない。







中途半端な私には時山君を追いかける資格も

ましてや『行かないで』なんて言う資格もなく

ただ、小さくなっていくお似合いな2人の後ろ姿を見送るしか出来なかった。




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