美琴ちゃん、大丈夫?
いつかの春、屋上の花、さよならの前に。
春はいつも
ワクワクするような、ムズムズするような、変な感覚がする。
私は彼に買ってもらったお気に入りの服を着て、いつものバス停で降りた。
暖かい風が吹く。
春一番だ。
私に続いてその人がバスを降りて、空を見上げる。
「いい天気だね」
「ですね」
雲ひとつない、鮮やかな青。
私たちをここまで乗せてくれたバスが、うなりをあげて発車する。
「……ふー…。」
スーツ姿のその人が一点を見つめて、大きく深呼吸してる。
「…大丈夫ですか?」
「え?何が?どっか変?」
私の言葉に不安になったその人が慌てて自分の容姿をチェックする。
「…いや、とてもナーバスになってるみたいなので」
「え?いやいや!そんなことないよ!大丈夫大丈夫!あはは」
「…」
笑顔がひきつってる。やばそう。
私はその人のごつごつした手をギュッと握った。
「大丈夫ですよ。」
「…美琴ちゃん」
「グーパンはないと思います。」
「そっか、よかっ……、待って、グーパン以外はあるってこと?」
「…フフ」
「フフじゃないよ、そこ大事だよ。え、俺、お父さんに殴られる?」
「大丈夫ですってば。兄も母もいますから、ちゃんと止めます。」
「……そういう感じ?」
そうこう言ってるうちに目的地に到着した。
その人がもう一度深く深く深呼吸して、柊、と勇ましく書かれた表札の横にある呼び鈴のボタンに人差し指を向ける。
初めてバスで見た時から変わらない、大好きな横顔。
…ずっとこの人についていこう。
ずっとこの人のそばにいて、何があってもこの人を守ろう。
絶対、何があっても。
「…」
ボタンの前でしばらくプルプルしてる。
「…早く押してください」
私はその人の人差し指に自分の指を重ねた。
我が家の呼び鈴が鳴る。
「あぁっ!」
私は慌てるその人に思わず吹き出しながら、また春の風を頬に感じた。
そして
あぁ、幸せだなぁ
人を愛するってこういうことなんだなぁって
生まれて初めて実感した。