振られた私を御曹司が拾ってくれました。
氷室専務は、なぜかニコニコとして部屋を見渡している。
こんな事なら、もっと掃除しておけばよかったと後悔した。
すると、氷室専務は嬉しそうに、なぜか私の目の前に真っすぐ立った。
「葉月さん、突然なんだけど、僕と一緒に住まない?」
「…っは?」
この人は何を言っているのだろう。意味が分からない。
「だから、一緒の部屋に住んで欲しいってことだけど、ダメかな?」
「…そんな…無理です。ここは狭いし…それに、氷室専務とご一緒なんて、恐れ多くて…無理です。」
意味が分からないが、一緒に住もうと言っているのは分かる。有り得ない話だ。
「ここに住むのは、ちょっと狭いから…僕のマンションに、来てくれないかな?ホテル住まいは、なにかと不自由なので、来週には引っ越しする予定なんだ。」
「…なんで、私がご一緒なのでしょうか?」
「うん、君の手料理と、この部屋の清潔感を見て決めた。ルームシェアはこの人だってね!」
ルームシェアとは驚いた。しかし、頭に浮かぶのは、氷室専務が用意するのだから、恐らく高級マンションだ。とてもシェアしても、払える金額ではなさそうだ。
このアパートだってギリギリの私が、無理に決まっている。
「氷室専務…私はそんな高級そうなマンションは、家賃がシェアでも払えません。無理です…ごめんなさい。」
すると、氷室専務はクスッと笑った。
「葉月さん、君に家賃を払ってもらおうなんて、思っていないよ…タダで良い。でも、その代わりと言っては悪いが…たまに食事を作ってくれないかい?」
「…で…でも…そんなに急に言われても…」
氷室専務は、嬉しそうに私の右手を両手で掴み、握手のようにギュッと握った。
「来週には、また連絡するからね。…ハンバーグ美味しかったよ。ご馳走様でした。」
氷室専務はそれを言うと、笑顔で玄関に向かった。
そしてドアを開けると、ヒラヒラと手を振った。
「葉月さん、またね!」
「あ…あの…送って頂きありがとうございました。」
私はその場で、深くお辞儀をした。
パタンとドアが閉まる音がする。しかし、私はお辞儀をした場所から、しばらく動けなくなった。
(…氷室専務は本気で言っているのだろうか?私は揶揄われているのかも知れない。…)
いろいろな考えが頭の中をぐるぐると回る。
なぜ、そんな話になるのだろうか。
「…まさかね!本気な訳はないよね!」
私は独り言を自分に向かって言っていた。
どう考えても、有り得ない話だからだ。