振られた私を御曹司が拾ってくれました。
桐生さんが、カフェに向かって歩いてきた。
なんだか、とても気まずい。
カフェの中に入って来た桐生さんは、何も言わず私の目の前に座った。
いつも通りの、涼しげな表情だ。
そして、静かに話し始めた。
「葉月さん、お一人ですか?」
「…はい。」
「氷室専務のことで、何か噂を聞きましたか?帰りたくないようにお見受けしますが…」
桐生さんには、すべてお見通しのようだ。
隠しても無駄だと思った私は、勇気を出して桐生さんに尋ねてみた。
「…あの…今、ご一緒にいらっしゃった方は、氷室専務のご婚約者様ですか?」
桐生さんは、少し時間をおいて口を開いた。
「…まだ、今はご婚約者ではありません。幼馴染で親同士が決めた許嫁です。そう遠くない時期にご婚約されるかも知れませんが…」
やはり思った通りだった。美優の言っていた婚約者とは、先程の長い黒髪の女性だ。
私が黙って俯いていると、桐生さんが珍しく少し大きな声を出した。
「葉月さん、それで良いのですか?…氷室専務がご結婚してしまっても良いのですか?」
「…私には、氷室専務がご結婚されても、関係ないですし…何か言える立場ではありません。」
すると、桐生さんは大きく息を吸って、大きなため息をついた。
「本当に、貴女も氷室専務も…私から言わせてもらえば、面倒な方々ですね。」
面倒とはどういう意味なのだろうか。
訳が分からず、そのまま黙っていると、桐生さんは珍しく少し乱暴に私の腕を掴んだ。
そして、私をまっすぐに見た。
「氷室専務が、いつまでもハッキリしないなら、私が貴女を奪いますよ。」
桐生さんは、少し冷たい雰囲気はあるが、美しく整った顔の男性だ。
その桐生さんに、まっすぐ見つめられると、直視できなくなる。
「き…桐生さん…何を言っているのでしょうか。」
桐生さんは、少し怒った表情になった。
「だから、氷室専務から貴女を奪いたいと言っているのです。」
私が言葉を失い、そのまま固まっていると、桐生さんは立ち上がった。
「貴女には幸せになってもらいたい。氷室専務を諦める前に、気持ちを伝えたらどうですか?私は振られた方が嬉しいですけどね。」
桐生さんは、それだけ言うと、すぐに去って行ってしまった。
(…何が起こったのだろう…頭が混乱する…)