雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「ようやく着いた〜!」

 ふぅと息をついた私は売却予定の別荘を見上げた。

 私は安住夏希。由本エステートという不動産ディベロッパーの企画開発部に勤めている。
 仕事初めも早々にここに来たのは、開発予定の半分を所有する地主に新年の挨拶に行きがてら、土地の売却を口説いていたら、この別荘を売却してくれたらという条件提示があったからだ。

 ここはギリギリ関東圏。都心から三時間。二車両編成のローカル列車しか停まらない無人駅を降りて、一時間に一本しかないバスに乗り、山を登っていき、徒歩三十分の場所にある。
 つまり、ど田舎だ。

(笹本さんもなんでこんなところに別荘を建てようと思ったのよ!)

 来るだけで疲れてしまうような辺鄙な場所にある別荘なんて、売れる気がしない。だけど、売らなきゃ交渉も進まない。
 私はまずデータ収集しようと現地にやってきたのだ。

「う〜、寒い! もっと着込んでくればよかった……」

 駅前の唯一の旅館に置いてきた保温下着を思い浮かべる。
 ここまで山深い場所だとは思っていなかった私は、セーターにジーンズ、ダッフルコートという都心と同じ格好だった。
 雪が残る道を歩いてきただけで、すでにスニーカーはもちろん、靴下までぐっしょり濡れていた。

(しまったなぁ)

 インドア派な私は山とは無縁で、なにも考えていなかった。
 でも、後悔していても仕方ない。
 さっさと現状確認して、宿に帰ろう。
 気を取り直すと、私は別荘の外観の写真を撮り始めた。

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