雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「これくらいでいいかな」

 進藤がうなずいた時には、なかなかに疲れていた。
 雪掻きって腰にくるわ。

(でも、敵の前で弱みは見せられない!)

 そう思った時、女将さんの声がした。

「お客さま〜、お昼はどうされます?」

 腕時計を見ると、とっくに正午を回っていた。

「食べます!」

 これ幸いと元気よく返事をする。
 いそいそと雪を落として、部屋に戻って座卓の前に座ると、思ったより身体が疲れていたのを感じた。

「大丈夫か?」
「なにが!?」
「いや、結構疲れてそ……」
「疲れてないし! ご飯食べ終わったら、かまくら作り再開するし! 進藤が疲れて無理っていうなら、休んでてもいいわよ?」
「そんなわけにいくかっ!」

 余裕そうな顔で向かいに腰かけるヤツに、体力の違いを感じてイラッとする。
 しばらくすると、女将さんが、煮込みうどんを持ってきてくれた。
 火から下ろしたばかりなのか、鍋の中はまだグツグツいっていて、もうもうと湯気が立ち上がる。

「いただきます」

 私たちは手を合わせ、箸を取った。
 いい匂い。美味しそう。
 取皿にうどんと落とし卵をそっとすくって、取り分ける。
 進藤ははふはふ言いながら、お鍋から直接うどんを食べていた。
 なんとなくそれを見ていたら、ヤツが気づいて、首を傾げた。

「ん? 食べないのか?」
「食べるわよ!」
 
 うどんを持ち上げ、ふうふうする。
 湯気がいっぱい出てて、まだダメだ。
 残念ながら、手を下ろす。
 
「もしかして、安住って猫舌?」
「悪かったわね! あんたと違って繊細なのよ!」

 悪口を言ったのに、進藤は目を細めて笑った。

「いや、可愛い」
「はあ? バカにしてるの!?」

 やっぱりコイツとはわかり合えない。
 むくれながら、またうどんにチャレンジした。

「ふうふう……あつっ……ふうふう……もぐもぐ」

 ようやく食べられる温度になった。
 うどんは冷えていた身体に沁み通り、私を癒やしてくれた。

           

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