雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
 部屋に戻り、ぼーっとしていると、進藤も戻ってきた。
 浴衣を綺麗に着こなしているのが腹立たしい。
 
 お茶を淹れてやる。
 自分が飲むついでだ。
 だから、そんなニコッと可愛く笑う必要はない。

「相変わらず、結び方、下手だなー」

 わざわざ私の隣りに来て、お茶を飲んでいた進藤がちらっと私を見て笑った。

(近くに来たのはバカにするためね!)

 むぅっと口を尖らせる。

「余計なお世話!」
「直してやるよ」
「へっ?」

 ずいっとさらに近づいてきたヤツが私の帯の端を引っ張った。
 するんと解ける帯。

「やっべー、このまま押し倒したい……」
「バカッ、なに言ってるのよ!」

 昨日のことを思い出して、顔が熱くなる。
 進藤はこんな無害な愛くるしいワンコ顔して、実は色情魔なんだろうか?
 女子と二人きりになると襲わずにはいられないとか。
 その割に悪い噂を聞いたことがないのは、襲われても喜ぶ子の方が多いからかも。

 じりじり後ずさった私に、にんまり笑いかけて、進藤はささっと綺麗な蝶々結びを作った。

「もうすぐ夕食だから、今は(・・)やめとくよ」

(今はってなによ!)

 私は座卓を回り込んで、ヤツから距離を取った。

「失礼します。お食事をお運びしますね」

 ちょうどよく女将さんが夕食を運んできてくれた。
 
 次々と並べられる十品。
 お造りに天ぷら、地鶏ときのこのひとり鍋、土瓶蒸しもある。デザートはメロン。緑のやつじゃなくて、ちゃんとオレンジの甘い方。
 すごく豪華。

「お飲み物はどうされます?」

 自分が呑まないから気がつかなかったけど、進藤は普通にお酒を呑むはずだ。

「ビールでも熱燗でも好きに呑んだら?」
「ひとりで呑んでもつまんないからいいよ」
「呑めなくて悪かったわね!」
「いや、別に酒が好きなわけじゃないし」

 正確に言うと呑めないわけじゃなくて、どうやら私は酒癖が悪いようなので、あまり呑まないようにしている。
 大学の時の読書サークルの新歓コンパでなにかやらかしてしまったようで、次にサークルに顔を出した時に部長に「安住さんはお酒を呑まない方がいいよ。ハラハラする」と言われ、みんなにそっと目を逸らされた。
 それ以来、グラス二杯までしかお酒は呑んでいない。

「それじゃあ、お茶を淹れますね」
「はい、お願いします」

 私たちは手を合わせて、美味しい食事をいただいた。


           


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