雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「な〜、寝るまでなにする? トランプでもするか?」
「しない。私はすることあるから、進藤はソリティアでもやってたら?」
「なんでだよ〜!」

 ゆっくり食べてもまだ時刻は八時過ぎ。
 寝るには早いし、私はいつもの習慣がある。
 かまってアピールをする進藤を無視して、カバンから教材を取り出した。

「おっ、それ、不動産鑑定士のテキストじゃん?」
「……なんでわかるのよ?」
「だって、俺もおんなじの持ってるもん。安住も受けるのか?」
「一応ね」
「俺も! じゃあさ、今度、勉強会しようぜ!」

 まさか進藤も不動産鑑定士の勉強をしているとは……。
 ヤツは目をキラキラさせて、提案してくるけど、なんで私がコイツと勉強会しないといけないの?
 半眼になって進藤を見るけど、彼は全然気にも留めない。

「モチベーションの維持とわからないところを教え合えるだろ?」
「う〜ん」

 モチベーションはともかく、わからないことを聞き合えるのはいいかもしれない。

「経済学に詳しい?」
「任せてくれ! 経済学部卒だ!」
「ふーん。じゃあ、これってどういうこと?」
「それは、な……」

 私は社会学部卒だ。当然、経済学を学んでいないけど、不動産鑑定士試験にはバリバリ経済学が必要になる。
 テキストを読んではいるけど、概念自体がわからないものもある。
 試しに、詰まっていたところを聞いてみたら、とてもわかりやすい説明が返ってきた。助かるけど、ムカつく。

(進藤め〜、どこまでも私の上を行くヤツ!)

「安住も独立したいって思ってるのか?」
「独立?」
「違うのか? 俺はそのうち独立して、土地の有効活用とかのコンサルティングをやりたいって思ってるんだ」
「そうなんだ」

 解説してくれたついでに、そんなことを言われて、少しショックを受ける。
 
(進藤は明確な夢があって、試験を受けるのね)

 私はどちらかというと資格オタクなところがあって、仕事に役立ちそうだなって思っただけだ。
 意外と真面目に将来を考えている姿に焦りを覚える。

「……教えてくれて、ありがと。じゃあ、私は勉強するから」

 暗に邪魔するなと目で言って、私は過去問に取り組んだ。
 なにがおもしろいのか、進藤は黙ってニコニコと私の勉強風景を見ていた。やりにくい。


          


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