雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「よし、準備完了!」

 きっちりスーツを着て、化粧をした私は、姿見の自分にうなずいた。
 スーツを着ると、キリッとして背筋が伸びる。
 今日から出張扱い。公私の区別はつけたい。

 と言っても、隣りではまたぼんやりと着替えている進藤がいて、締まらない。
 ヤツもスーツを着るつもりらしく、薄いブルーのワイシャツに手を通していた。

 昨夜は別々の布団で寝たはずなのに、進藤が「寒い!」と私の布団に乱入してきて、疲れて眠すぎた私は大した抵抗もできず、彼の抱きまくらになったまま寝た。
 ちなみに、慣れない運動のせいで、今朝は筋肉痛だ。
 慣れない運動というのはもちろん、かまくら作りのことだ。



「おはようございます。朝食をお運びしてよろしいでしょうか?」
「おはようございます。お願いします」

 七時ちょうどに女将さんが声をかけてくる。

 ご飯にワカメと豆腐のお味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼き。
 とても旅館らしいメニュー。
 その中で山菜の佃煮が特徴的だった。濃い醤油味にほのかな苦味がいいアクセントで美味しい。
 
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