雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「あー、あの時は笹本さん、荒れてたなぁ」

 車を運転しながら、おじさんは苦笑いをした。
 例の別荘の話をおじさんにも聞いてみたのだ。

「親孝行のつもりで『豪邸を建てるんだ!』と意気込んでいたのに、お袋さんに激怒されたんだもんな」
「激怒?」
「『思い出の家を壊して、こんな落ち着かない家を作ってからに! しかも、私ひとりでこんな広いところ無駄だろ!』って怒鳴られたらしい」
「笹本さん、かわいそう……」

 きっとお母さんは喜んでくれると思っていただろうにと笹本さんが気の毒になった。

「着いたぞ。帰りたいときは連絡してな」
「ありがとうございます」

 別荘前で降ろしてくれると、おじさんは旅館に戻っていった。

「外観は撮ったから、内観の写真を撮る?」

 おじさんの話を聞いてから、ずっと考え込んで大人しかった進藤に声をかける。

「あ、あぁ。そうしよう」

 私は預かっていた鍵で解錠して、中に入った。

「わぁ、本格的!」

 玄関を入ると吹き抜けのホールになっていて、天窓から明るい陽射しが入っていた。
 真正面には二階に上がる優雅な手摺り付きの階段。その両脇にはカーブを描いて上に上がるスロープがあった。
 真っ白い壁に、大理石の床、渦巻き模様が素敵なアイアンの施された窓や手摺りがとても素敵で、まるで貴族の館みたいだった。

 とりあえず、写真を撮り始める。

「なあ、さっきの話だけど、どう思う?」

 周りを見渡していた進藤が話しかけてきた。

「どうって? 良かれと思ったのに、笹本さんが気の毒だなとは思ったけど?」

 意図がわからず、首をひねる。

「俺はちゃんとお母さんの希望を聞いてあげたらよかったのになと思ったよ。歳取って、ここに住むのはつらくないか?」

 そう言われて見回すと、滑りやすく冷たい床に長い階段、スロープはあるけど、仮に車椅子になったとき上がれるかというと傾斜がきつい。
 だいたい、すごく広いから掃除とか大変そうだなあ。
 お手伝いさんとか雇うのかもしれないけど、他人が自宅を出入りするのもストレスかも。
 そう思うと、突然ここに連れてこられたお母さんの方に同情したくなる。

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